
私は福山市議会議員として、少々不便でも子供達に豊かな自然環境を残し、鞆に代表 される歴史と文化が共存するまちづくりを目指しています。
特に力を入れているのは下記の4点です。
(1)芦田川水質ワースト1の返上 備後の経済情報誌「ビジネス情報」の毎月20日号にて「水質ワースト1の返上に向け て」という連載をしています。
(2)救急医療体制の維持・福祉の充実 医療・福祉に詳しい議員として、医療従事者及び市民の代表として頑張っています。
(3)子供の教育問題、スポーツ振興 毎年、大田祥子杯中学生野球大会やグリーンライン駅伝を開催しています。
(4)子供の自然体験学習の場を増やそう山野町に古民家を借り、山野峡冒険村「ゆうすけ山荘」と名付けて、子供の自然体験 活動の場としています。
最近はまっているのは、エコ生活です。
ゆうすけ流の「エコでえ〜こと」を楽しんでいます!
★自転車で移動 リュックを背負い、ズボンの裾を留めて、今日も行く! 見かけたら手を振って下さい!
★ 太陽光発電と薪ストーブ 夏はソーラーパネルと太陽熱温水器、元は取れないかもしれませんが、着々と仕事してくれています。 冬は1台の薪ストーブで家全体が温もり、ゆれる炎の癒し効果も抜群です!
★ノーエアコン生活 壁面緑化(藤)とヨシズの効果、扇風機・竹シーツ・氷枕などの涼感グッズを駆使し て、最近の夏の猛暑にもかかわらずエアコンいらずです
★ 庭へ散水・打ち水効果。お風呂の残り湯は洗濯し、家の前の水路からポンプアップし手製の散水装置で庭木に散水しています。
★マイ箸 続けるためには、お気に入りの「箸袋」と「箸」を見つけるのがポイントです。

資格もいろいろ持っています。
★作業療法士
★2級自動車整備士
★ケアマネージャー
★4級アマチュア無線
★2級船舶免許
★大型自動二輪免許
★簿記1級
趣味はアウトドア全般です。
元水泳部なので、三原の「トライアスロンさぎしま」に出場した事もあります。今でも時々自転車でグリーンラインを駆け登るトレーニングをしています。
バイクは16歳のときCB50JXでスタートし、RZ50、ゴリラ、CB250RS、RZ250RR、 SX200、CB750F、TDM850、RMX250などを乗り継ぎ、今はTW200です。
学生の頃、日本中を旅して回りました。改造も好きで、自動車整備士の資格も持っています。
シーカヤックで瀬戸内海を横断(往復)したことがあります。過去、ガイドの新谷暁生さんのツアー「知床エクスペディション」で知床半島を廻ったのが最高の思い出です。
滑り物は大好きで、幼稚園の頃からローラースケートを履き、アイススケート、スキーに発展してゆきました。
12年ほど前からファンスキー(スキーボード)に目覚め、普及(布教?)活動に努め ました。 現在の趣味は、「山スキー」で、富士山の頂上から滑り降りた事もあります。急斜面ほど燃える危ない性格のようです。
当然山登りも好きで、エベレストにも登った母の影響を多大に受けています。 放浪癖もあり、基本的に一人旅が好きです。20代の頃にサンフランシスコに3ヶ月ほど滞在し、アメリカの病院ボランティアの体験をしたり、シアトルのジミ・ヘンドリクスの墓参りに行った事もあります。32歳の時、ボリビアの世界最高所にあるスキー 場(チャカルタヤ・標高5400m)に行ったこともあります。
音楽はBluseが好きで、好きな楽器はギターです。幼稚園からの同級生THE GROOVERS・藤井一彦と、同じく福山出身のJAZZドラマー・藤井マナブさんと、駅前地下道で歌っている森恵さん、芦田川の浄化活動もしているバンド「矢印→」を応援し ています。 多趣味というか、何にでも手を出す性格のようです、趣味の合う方は気軽に声をかけてください。

年表 |
昭和43年 |
3月23日大田浩右・大田祥子の次男として生まれる |
昭和48年 |
川口幼稚園入園(桃組) |
昭和49年 |
川口小学校入学 |
昭和50年 |
多治米小学校へ転校。校から帰ると、毎日のように網とバケツを手にして芦田川へ遊びに行く。 |
昭和52年 |
田川河口湖貯水開始(小3)私たちは芦田川で遊んだ経験のある最後の子どもです。わずか3年間でしたが、この思い出は何物にも換えがたく、ぜひとも自分の子どもにも経験させてやりたいと考えている。 |
昭和55年 |
広大付属福山中・高等学校入学(34回生) 水泳部に入り、福山地区では常勝、県下でも有数の強い部に成長する。中3の時、自転車で四国88ヶ所めぐりをし、旅に目覚める。新聞配達をして買ったバイクでツー リングをしたりレースに出場した。 |
昭和61年 |
大阪産業大学短期大学部自動車工業科入学 2級整備士 |
昭和63年 |
媛十全医療学院 作業療法科入学 作業療法士 |
平成3年 |
広島会計学院入学 |
平成5年 |
脳神経センター大田記念病院勤務。老人デイケアと経理業務を担当する。社会性のある病院を目指し、ローズパレード、二上り踊り、芦田川一斉清掃、福山駅伝、福山マラソンなど社外イベントに積極的に参加した。 |
平成7年 |
カヌー(シーカヤック)による瀬戸内海横断 |
平成8年 |
異業種交流会「SAY YOU」を立ち上げる |
平成9年 |
「トライアスロンさぎしま」完走 |
平成11年 |
ケアマネージャー、福山市介護認定審査員 |
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知床半島シーカヤック回航 大山山頂よりスキー滑降 富士山頂よりス キー滑降 |
平成13年 |
ボリビアのチャカルタヤ山(5400m)スキー滑降「新生・芦田川手 作りいかだレース」を主催 |
平成15年 |
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8月 |
市長選投票率33%にショックを受け、「わしがやらねば誰がやる」の精神で自ら行動することを決意 |
9月 |
市政勉強会「福山かえる会議」を主催 |
10月 |
衆議院選挙立候補者の政見を聞く会を主催 |
11月 |
カヌーイスト野田知佑氏を招き、芦田川に関する講演会を主催 |
平成16年 |
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4月 |
市議選史上最高の得票(7,805票)でトップ当選 |
5月 |
母・大田祥子がチョモランマ登頂後、8,500m地点で遭難死 |
8月 |
父・大田浩右が福山市長選に立候補するも落選、議会において一気に逆風にさらされ、針のムシロに座ることとなる。 |
平成18年 |
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4月 |
わずか3人の市議会最少会派「誠友会」を結成。是々非々を貫く会派として頑張る。 |
平成20年 |
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4月 |
2期目の選挙において6,818票を獲得し第2位当選。
広島大学大学院社会科学研究科マネジメント専攻に入学。 |
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