大田ゆうすけ挨拶
野田さんのことはみなさんよくご存知だとは思うが、1938年生まれで、私の父と同じ歳です。日本一川を愛し、日本の川を守るために活動されている。また、川遊びの達人でもあり、「川の学校」を主催されている。今日は「野田さんの体験談」「地元の芦田川について」「参加者とのディスカッション」の3部構成で進めていきたい。では、野田さんよろしくお願いします。
第1部・野田知佑さん講演
いつもならほとんど喋らなくていいので、外国のかわった風景、写真を見せると皆「おっ」と思うので、スライドを映して話をするが、今日は少しまじめにやろうと思っている。そもそも、僕は大学を出て、今でいうフリーターになり、何年か遊んで・・・遊ぶといっても生き方がわからなくてどうしていいかわからない時は旅に限る。その当時まだ日本は外貨が持ち出せなくて外国に行けなかったので、国内をヒッチハイクで回っていた。結構面白くて、リュックの中には「もぐり3点道具」と銛、テント、そして投網など入って40キロぐらいあり、それでヒッチハイクで日本を2周くらいした。各地の川をもぐって歩いた。あんなバカなことしたのは他にはいないと思う。昭和37年から5年くらい、当時日本はまだ貧しかったけれど自然はきれいだった。本当に北海道を除いて日本のほとんどの川をもぐって歩いた。銛で魚をつく。僕の出身地の熊本では、川にもぐるというのが男の最大の楽しみでした。そういった地域の出身なのでとにかく川にもぐって魚を獲ろう、そして日本中の川を見て回ったのである。
そのときに一番印象に残ったきれいな川が、四国の吉野川の大歩危小歩危で、これはすさまじかった。今でこそ上流にダムができたので、濁り水で水中視界1メートルも見えないが、その時は視界は30メートルだった。30メートル先はコバルトブルーで、対岸の岸壁にキラキラ魚が体を反転させるのが見える。鯉の大群、そういうところを潜って魚をついて面白いという事もあるし、もうひとつは自分探し。どうやって生きてゆくか考えさせてくれる、そういう良い川が吉野川。長良川も素晴らしかった。10メートル以上深いところに潜ってもずっとコバルトブルー。瑠璃色の世界で、それだけ水がきれいだった。山にふった雨が地下を通って川底から湧き出てくる。湧き水の多い川はやっぱりきれいであり、四万十川もそう。当時僕は吉野川から四万十川に行ったが、ほとんど印象に残ってない、吉野川と長良川の印象があまりにも強烈過ぎて。
それ以降僕は外国に行った。やっと外貨が使えるようになったものでヨーロッパまでいけるようになって、そこで初めて「遊びカヌー」を見た。僕は大学ではボートをやっていて、ボート部の中にカヌー部があった。カヌーというのは本当にマイナーなスポーツで、遊び半分でカヌーを漕いでいたけど隅田川でカヌーを漕ぐというのは悲しい。当時の隅田川はBODが50と言われていた。信じられないでしょ?BODが50なんて。今、BODが一番汚れているのは奈良大阪を流れる大和川。これがBOD13。50は本当に下水もいいところ。それをボートで漕いでいると、新人のころはオールが柄のところにひっかかってはね飛ばされると、落ちた瞬間にやっぱりガブっと
BOD50の水を飲む。当時バイ菌ですら隅田川で死ぬって言われていた水を飲むのだから、甘いような悲しいような味がした。
今日、芦田川河口を漕いできたが、その時に少し水をなめてみたら同じ味がした。瀬戸内海の海の塩辛さがなく、かなり危険です。帰ったら瀬戸内海に注ぐ川が何十本あるか、地図を開いてみてください。それらの川が全部腐っている。それも大都市を支えてきた川なのでとても汚れている。瀬戸内海は出入り口が2つしかないので、外洋の水との入れ替わりが少なく、かなり悲観的な材料です。しかし悲観的なことばかり言っても仕方無いので、なんとかする方法を考えてほしい。何十年かやればまたきれいな海になると思うが、瀬戸内海は「INLAND SEA」といって、僕の世代の外国人で日本観光したことがある人は、みな瀬戸内海の美しさを言う。かえって外国の人の方がよく知っている。というのは向こうでは地中海が有名だが、魚が全滅した。あそこにはナイル川が流れているが、ナイル川の土砂で地中海の栄養分が補われていたが、そこにエジプトが十数年前にダムを作ったのである。するとイワシ漁がまず全滅し、今地中海はほとんど魚がとれない。といっても瀬戸内海よりはとれるが。とにかく川で栄養がとれなくなってしまって地中海は滅びた。瀬戸内海も同じようなことが言えると思う。
僕はそうやって日本中の川に行った後、ヨーロッパに行って初めて遊びカヌーをした。日本ではカヌーはライフジャケットをつけなかったら文句を言われる。警察でもないくせに、海上保安庁でもないのに「なんでお前らライフジャケットやヘルメットをつけないんだ」というカヌー協会、カヌー連盟がいます。そういう時にそいつらとけんかして川に放り込みます。僕の見たスウェーデンのカヌースクールというのは、町に小さな川があって艇庫がある。それでその町の学校の歴史の先生が責任者で、「僕も漕がせてください」といったらOKなのでライフジャケットもつけずに漕いでいたが、そこで非常に楽しいカヌーを覚えたので、そのあとドイツに行ってツーリングカヌーというのをやった。折りたたみの二人乗りのカヌーで、それに孫とおじいさんが乗って後ろにキャンプ道具を積んでいる。それで川を下っていく。僕が一番すきなやり方なので色々話を聞いた。その後僕は日本に帰ってきて川下りというものをはじめた。2泊3日か、3泊4日。そういうことならヨーロッパ人よりうまいという自信があったので、日本の川を昭和40年代から下りはじめたが、そのころはまだ川がきれいだった。ただ、ツーリングカヌーをする人は何人かしかいなかったけれど。特に中国地方では岡山で3人か4人しかいなかった。岡山にいい川がある。吉井川、高梁川、旭川を下った覚えはあるが、まだきれいだった。先週行ってみたら全部ドブ川になっていたが・・・
日本中の川がどうしてそんなに汚れたかといえば、ひとつはダムを作ったこと。それもひとつではなくて、大きな川に3つ、4つ。それから支流にも作る。例えば吉野川には25もダムがある。するとまずは川の水量が減る。そして国土交通省が木をたくさん切った。杉一本いくらという補助金を出して、広葉樹を針葉樹に変えてしまった。その結果今我々がしんどい目にあっている。日本中の山がほとんど杉林になったが、外材を輸入したため、それが売れない。これもまた非常に残念なやり方だと思う。森林を守ろうとしないで、安い外材をどんどん入れてしまった。今1トンの材木を売りにだすと、何千円かの損になる。売れば売るほど損になる。みんな山を捨て山で働く人がいなくなってひどいことになっている。山が荒れるとどうなるかというと、川の水が減る。大雨がふると山の土砂が全部川に流れ込んできて、濁らなかった川が濁るようになってきた。
四万十川という有名な川があるが、昔は10日間雨が降っても山がしっかりしていたのでびくともしなかったが、今は少しの雨でも茶色に濁る。なぜかというと、林野庁が誰も使わない二車線の立派な林道を作ったから。去年やっと中止になったが、このように政府が悪いことばっかりする。国家公務員たちが悪いことばかりをして山がだめになる。川というのはすなわち山なので、山がしっかりしてないと川に水が流れない。昔は川の水位は今より1メートル以上上にあった。とうとうと流れていて、そういうところは少々汚水を流してもなんともないが、今は水が減ったのに下水の量が増えた。今は山のてっぺんの家でも、塩ビのパイプを配管してあって下水を全部川に流し込む。昔は各家の裏にためて、それを畑にまいていたので、全然汚くならない。昔はへんな洗剤などなかったが、今の洗剤は毒ですから、畑にまけない。各家の裏で下水を処理していたから川がやっぱりきれいだった。水洗トイレもないし。そういうわけで、日本中が川に対して悪いことばっかりしてきた。
昭和30年代から考えてみて、今大きな川で潜って魚が見える川は十本あるかないかである。小さな小川クラスならまだいくらかはあるが。昔はどこを潜っても魚が見えて川の水がきれいだったが、今は潜る気がしない。子供をつれて行って遊ばせる気がしない、あまりにも汚れているから。そういう状況の中でカヌー仲間と話していても、きれいな川というのは限られてくる。そして段々カヌーで遊べる川が減ってきてしまう。カヌーの旅というのは楽しい。カヌーというと競技カヌーしか思いうかばないと思うが、カヌーを旅行やキャンプの道具に使うのである。それから本をいっぱい積む。酒をいっぱい積んで川を下って、夕方になったら川原でキャンプをして魚を釣る。夏だったら泳いだり、潜る。そこが気に入れば2.3日キャンプをしてもいい。日本の川の場合必ず川に沿って鉄道が走っているので、そこで引き上げて帰る。非常に楽しかった、信じられないくらい。
西日本の川というのは暖かいので、5月から10月まで泳げる。それから川というのは日本で唯一の無法地帯で、何をやってもよいという場所。といっても40年前初めて川を渡った時、川原でテントを張っていたら建設省がきて「この川原の小石ひとつ建設省のものだから動かしてはいけない」なんて言うので、そいつを川へ放りこんだ。それから何十年かの間に70人くらい建設省の人間を放りこんだかな。なぜお前を放りこんだか全部言ってやる。裁判にしようじゃないか、事件にしようじゃないかと言った。刑務所に入れられてもどうってことないので・・・最近は向こうも勉強してあまり無茶なことは言ってこないが、あまりに非常識だ。本当にあの頃の川旅というのは「これ夢じゃないだろうか」というくらい楽しかった。本当にきれいで、美しくて、楽しくて。丘の上と違って川は本当に自由、自分の思いのままに行きたいとこに行ける。泊まりたければ泊まる。本当に楽しかった。ところがこの10年20年は本当に川が汚くてキャンプも楽しめない、泳ぎもしない。それで段々外国に行くようになった。
外国ではまた違ったカヌーができる。日本ではだいたい3泊4日が普通で、大きな川でも3泊4日もすれば海に出てしまう。海に近くなるほど人が多くなってだめ、これは面白くないなと。だから日本の川旅は2泊3日くらいで終わる。ところが外国の川は違う。最初に行ったのは北極圏の流域1500Kmのマッケンジー川。そのときは3ヵ月半ずっと漕いで、インディアンと遊んだりして最後は北極海にでる。それがまたよかった。僕はちょっと英語がうまいので、英語ができるその土地の人と話ができる。それからああいう辛い旅というのに僕は強いので、一人で現地民の中にいても寂しくない。それからやっぱり釣りだとか漁ができる。肉の半分は自給で、食べるものがなくなればインディアンにたかりにいく。そういう旅が非常に合っていて、それで僕のパターンができた。その後もずっと毎年そこに行くようになっている。その次によく行くようになったのがユーコン川。3000kmある。大体3ヶ月以上川旅をすると頭がボーっとなってしまい、ヨレヨレになってしまう。これはいけないと思ってユーコン川の方は毎年2ヶ月ずつ3年間続けた。これが僕の本とか書き物の原点です。その後、世界中を回った。
オーストラリア、アフリカ。ヨーロッパ。スイスの川とかフランスの川は人が多い、アイルランドはあまり人が多くないけど基本的に無人の川ではなくて常に人がいる。それからアイルランドはひどいなまりがあってアイルランド英語がほとんどわからない。東北以上、鹿児島弁くらい。アイスランドに行っても教養のある人は英語ができるが、基本的にアイスランド語しかできない。魚も釣れないし面白くない。ソ連ではすぐに逮捕された。モンゴルにも行った。モンゴルは最初のうちはよかった。源流からずっと大草原を流れる川。魚もたくさんいたし。モンゴルの人は宗教上魚をとってはいけないらしく、川には面白い魚が充満していた。ただ、川を下っていくと、どんどん町になってきてモンゴルの悪いところがでてくる。色々な人と付き合わなければいけない。未開の国で自由を知らない国なので、川旅にはちょっと向かない。ホテルを予約するにしても「予約」という意味がわからないので予約がきかない。50人乗りの飛行機に80人くらい予約してしまう。それが普通。そういった意味でモンゴルでは社会生活が辛いので草原の生活だけでやっていけばまあまあ面白いかと思う。
あとはニュージーランドがいい。日本と同じくらいの大きさで、人が非常に少なくて上質。もうひとついいところは南半球で日本が冬の時に夏であるということ。夏を2回経験できる。オーストラリアの川は、やっぱり気温40度は暑かった。それからワニが多いし濁り水で、肉体的にしんどい。そこはトカゲとワニしか住めないといわれているし、楽しい川ではない。結局我々と同じ価値観をもった人間が住んでいる北欧の川が一番いいじゃないかと。例えばインドネシアの川に行ったとき、まず地図がないので、そこにいる人に「この先はどうなっているんだ?」と訊きながら行ったら、ニッコリ笑って「ここから先は大丈夫だ」って言う。で、行くと滝になっている。何かの間違いだろうと思ってまた別人に訊くと「ノープロブレム」と言うので先に行くと、今度はもっとすごい滝になっている。もう引き返せないので命からがら帰ってきたことがある。どうやら、本当にそうなのかは知らないが、イスラム教の人は否定的なことは言えないようだ。結論として北米の川がいいんじゃないかと思うが、昔の日本の渓谷での遊び方、渓流釣りなどを知っているので世界中のどんな川に行ってもつまらない。7割は楽しいが、残り3割は楽しくない。そういう川に大金を出して行っても結局日本に帰って、吉野川などの本当にきれいなヤマメが泳いでいるような源流に行ってやっと落ち着く。結局、日本の川が一番いいんじゃないかという結論がでた。
日本の場合、本当にめちゃくちやになっているが自然気候がいい。年間2000ミリから3000ミリの適度な雨量。外国にいくと年間500ミリなんてところも多いし、アメリカなんか雨が全然ふらないので川が乾いている。そして四季があって、適度に雨が降るので林野庁が少々悪いことをしても2.3年でまた緑に戻る。実に日本の自然はすごい。それが一番現れているのがやっぱり川。最近また日本の川を潜って回ることをやっている。本当に日本の川は世界で一番いいという信念で回っている。僕はやっぱり潜ってしまうので川底を人より見てしまう。外国の川でも潜って魚を追いかけたので川底がわかる。日本の川はとにかく素晴らしい。ダムのない川とかダムの少ない川とか。昔みたいなこの川がいいということは言えないが、この川のここがいいという言い方はできる、そういうところにいくと涙が出るくらいにうれしい。
来月の18日にNHKで「僕の一番すきな景色」というテーマで四万十川を映すが、四万十川の風景というのは神々しい。早朝におきて夜明けあたりから3時間のああいう川の景色というのは世界にないだろう。その川で泳げる。自然がやさしい。日本の川で泳いでいてワニが来たりすることもないし、水温も落ちたら死ぬほど冷たくないし。北欧の川なんてのは写真で見るとすごい、後ろに悪魔みたいな山があったり氷があって。落ちたら即死。水温1℃だから。いろんな意味で日本の川というのは優しいし美しい。そこを旅行するということは最高の旅だった。皆さんも機会があればやってみたらいい。中国地方にもまだ遊べる川が何本かあるが、一番いいのは四国。四国にどうしていい川が残ったかというと、開発が遅れたから。四万十川、吉野川・・・・2m以上深いところはコバルトブルーで人もいない。だからちょっと苦労してでもああいうところに行くと楽しいと思う。
僕は、熊本出身だが、徳島に3年前から移住して家も建てた。徳島は川も海もきれいだから。あそこに家をおくきっかけになったのが吉野川に河口堰を置こうという10年前から反対運動に手伝いに行っていて、そこの住民になってしまった。ちょうど長良川の河口堰も闘争真っ最中だった。700メートルの河口堰を長良川に作る。それで我々が反対運動をして建設省や建設推進派の町長などと毎日顔をつき合わせて話をしたが、向こうは嘘ばかり言って本当のことは絶対言わない。僕は15年くらい付き合っているんで、やり方などもう全部知っている。長良川の時は我々は嘘を言う建設省とまともにやりあっていたが、今はその長良川の闘争のノウハウを生かして善戦し、吉野川では勝てた。役人が嘘を言ったら仕方ない。川のデータは建設省が全部持っているから、こちらが何か言っても向こうはすぐ数字をだしてくる。最近は我々もずる賢くなって河川工学の大学教授を引っ張ってきて、対等に議論できるようになったが、当時は本当に向こうの思いのままだった。
吉野川は河口堰とは言わず、可動堰と言うのだが、その賛否を徳島市民が問う住民投票というものが2000年1月にあった。あれがどうしてできたかと言うと、僕が「じゃう、住民投票をしよう」と言ったときに当時の徳島の市会議員は7割がダム推進派だった。これではどうしようもないので、我々は毎週集会を開いて市民に呼びかけた。「毎週ここで話し合いをしますから来てほしい」と。1回2回の反対運動ならどこでもやるが。毎週人が来るわけでもないし、ひどい時には2〜3人しか来ない。それでも、5〜6年たった時に市議会を動かして、住民投票条例を作ろうということになった。丁度市会議員の選挙があって、我々仲間から候補を5〜6人出し、過半数を占め、それで住民投票条例を作り住民投票をやった。投票率が50%以上でなければ無効だとか、無法な妨害があった。その前の選挙の投票率が40数%だったが、みんなが一生懸命やって、住民投票は55%の投票率で90%が反対、となった。これが2000年の住民投票であり、住民投票で公共事業を拒否したのは日本で初めて。5年間毎週開いた集会の積み重ねだった。
これから芦田川の話になるが、やはり常に持続してやっていかなければならない。僕は熊本出身なので、川部川ダムなどの反対運動なんかも20年くらい前からやっている。熊本人というのは熱しやすく冷めやすいので、盛り上がっても2〜3回の反対集会で終わってしまった。今善戦しているのは全国の応援がいるからで、地元の人のみでやると負けてしまう。全国から同志を集めて力を合わせてやってもそこで孤立してしまう。落ち込んだときにはよそからの応援、勇気、色々教えてもらう。だから横の連帯は全国であるが、しょっちゅうノウハウの交換、勇気の交換をすれば必ず勝てる。僕の出身の熊本の町では、行政に反対すると反逆者扱いされる。役場の連中なんかみんな僕の同級生ばかりだから国賊扱い。
今、日本で自然を守ろうとすると必ず国と敵対してしまう。これは日本の悲劇で、僕なんて本当に遊び人で一番そういう属性とは関係ない世界で生きてきて、川が日ごとに汚れ、潰されていく。それでもう少し周辺をきれいにしようじゃないかと言っても、国から反逆者扱いをされてしまう。例えば、世界中に土建屋が約200万社あるが、そのうち60万社が日本にある。それから日本は世界平均の20倍のコンクリートを使っている。先進7カ国の公共事業費が一番高いのは日本で、2位以下7位までの公共事業費の合計よりも高い。いかに日本は土建業者が多すぎたか。建設省が昔政策として土建業者を増やした。公共事業は増やせないので、これからはどんどん潰れて10分の1になるだろう。公共事業というのはダム、河口堰、橋に集中するので、少し注意をして目を開いて監視していると、どっちが悪いのかわかると思う。
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第2部・大田ゆうすけと野田さんの芦田川についての対談
大田ゆうすけ:芦田川の河口堰は全国の河口堰の中で一番古い。25年くらい前にできたが、河口堰ができることによって、こういうことになるという事をまだあまり予想できなかったのだと思う。けれど、すごく立派な前例となった。長良川や吉野川の方々は、芦田川のことをどのように見ておられるのでしょうか?
野田:僕も一回見に来たが、「汚れているな」ということだけで参考になるようなことはなかった。反対運動もなかったので、どのように戦ったらいいかというノウハウももらえないし。でもその時にわかったことは、25年前に作ってから2〜3年で、河口堰を作ったことにより川がどのように汚れていったかわかっていたのに、建設省はそういうことには全然触れず、利根川にも河口堰を作ってしまったということ。その時も東大などの河川学者をたくさん呼んで、地元の漁民に「全く水質はかわらないので大丈夫。」と説得した。田舎の人たちなのでやはり東大の教授が大丈夫といえば信じてしまう。利根川の漁業というのは日本の内水面の1位、内水面の8割は利根川。ものすごく大きな川で魚がたくさんとれるが、その7割8割が全部なくなった。ひどい。そのあとで長良川。普通、会社ではそういうことになれば責任をとってクビにしたりするものだが、お役人というのはどんな嘘を言ってもとがめられない。利根川の河口堰を作った河川局長それと参議院の代議士は、土建業者に票を入れさせる。60万社の土建屋がそうやって票を入れると、簡単に参議院なんて通ってしまうので、河川局長は全部参議院の代議士。本当にひどい。
大田ゆうすけ:八田原ダムもできたのでもう河口堰はいらないじゃないか、という方もおられるのではないか。私もそう思っていたので、JFEに行って話を聞いてみると、毎日3万トンの水が河口堰からJFEに行き、そしてもう3万トンが箕沖の工場に行っているそうです。その水を八田原から送れないのかというと、なんだかんだ理由があって難しいと言われたが、できないことはないと思う。要は八田原ダムの貯水量を増やして放流量を増やし、中津原で取水して、河口堰から送られていた3万トンを補填すると言うことは理論上可能。今は八田原ダムが満水といっても40%までしか貯めない、残りの60%というのは100年に1回の大水害に備えて空けてあると。ダムに行ったらわかるがほとんど水がはいってない。まだ十分に入るわけだが安全のために空けてあるので水がためられないと。それはどうしてかと聞くと「下流の住民が水害に備えて空けてくれといっているから」だと言われる。皆さんは言った覚えはないかもしれないが、市民の代表の市長さんが言っているのだそうです。
なので、河口堰を開けるには、まずみなさんが関心を持って行政を動かさなければいけない。そういう趣旨で今日の会を設けたが、芦田川で遊んだ経験のある方は会場にどのくらいいらっしゃいますか? 残念なことに若い方はほとんどおられませんね。私が今35歳、小学校3年生のときに河口堰が閉まったので、ぎりぎり泳いだ経験はあるが、多くの人はもう閉まって25年も経っているのであまり関心がなくなってしまっている。もういいやって思っている人もいる。そして今野田さんが話されたように、子供が川で遊べる環境が今福山にはない。「ふるさと」という歌がありますが、子供のころにふるさとの川で泳いで魚を追いかけるという経験が、大人になってからふるさとを愛する気持ちを芽生えさせると思うので、川をきれいにしなければいけないと思う。子供の頃に芦田川で遊んだ経験がないものだから、ますます芦田川に関心がなくなってきてしまうと思う。これ以上することがないほどダムも作って、河口堰も作って周りをコンクリートで埋め固めてしまって、まだ川底を掘っているがいつまで続くのだろうか。そろそろみなさんで止めなければいけない時期だとおもうのだが。
次に野田さん、吉野川の「川の学校」をご紹介していただけます?
野田:「川の学校」を始めたきっかけは、今の40歳以下の方で川をおもしろいと思う方が少なすぎるということ。何が一番面白いのかというと魚をとることだが、40歳以下で魚をとる方がいない。例えば、小学生について学校の先生が川に来たりするが、川を怖がっている。生徒に魚をとってといわれても困惑している。とれないのだ。我々の「川の学校」は、とりあえず子供を川に潜らせる、銛を持たせて魚を追わせる。吉野川は幸い水温も良く、魚もいっぱいいるので高学年の子にもなると体力もあるので、潜って魚を突いてしまう。1日中潜って、何十回もやってやっと突く。こんな楽しい遊びを憶えると、もうこれは川ガキであって東大には行けない。
年間15日のキャンプでとにかく川はおもしろいぞと教える。魚をとらせる。それから「見釣り」というものをさせる、さおに糸と針をつけて、みみずもつけて川に潜って。石の周りにこれをもっていくと魚が食いつくのでそれは面白い。陸の上から釣るより実際に潜って、見ながら魚をとるということはドキドキする。あと、夜更かし・火遊びは自由。するとみんな川で焚き火をする。小学生が川で魚をとってきて焼いて食べている。たった15日のキャンプでそのくらいになる。今はキャッチアンドリリースとかやっているが、あれは魚の保護ではなくて魚を触ることが気持ち悪いという世代。だから釣っても針からはずして逃がしておいて、生き物の命の尊さを教えるというのは嘘。とにかく魚をとったら自分でナイフを持って腸をとりださせて食べさせる。たった15日間のキャンプで見事な川ガキになる。子供はやっぱり早い、楽しいことはとりあえずやってしまおうって。
大田ゆうすけ:芦田川で子供がよく釣りをしている姿があるが、100%バス釣り。これが非常に残念。僕は河口堰ができてなかったら漁師になっていたのではないかというくらい毎日釣りに行っていた。バス釣り、野田さんはかなり反対されているとお聞きしていますが?
野田:バス釣りがはやりだして日本釣り振興委員会なんてものすごく儲かった。今までえさのみみず代500円くらいで釣っていたのが1万円以上使う。ルアーを何十本も買って、リール・竿代も。えさ釣りとバス釣りだと100倍くらい差がある。関東でもブラックバスは是か非かなんてやると、必ずサクラが動員されて来てかなりやばいブームになっている。まあ、今日はその話はやめて、やっぱりえさ釣りがいいなぁと思って。子供に教えてやりたい。いい川にいけばそういった遊びができる。
大田ゆうすけ:やはり子供を川で遊ばせたい方は多いと思うが、「何かあったらどうするのか」という人が必ずいる。例えば自分の子供だけなら行けると思うが、友達の子供を連れて行って何かあったらどうしよう。今はその「何かあったらどうしよう」というのを言い過ぎていると思う。やはり、子供のうちに危険予知能力というのを身につけなければいけないと思う。そういうことを知らないから警報が鳴っても川原でキャンプをしていて流された人がいたが。その辺、親にも責任があるのではないか。
野田:一番簡単なのはホームセンターなどでライフジャケットを買い、それを着けさす。するとほとんど事故がない。潜れないので魚が見れなくて文句をいう子もいるが、それは子供の能力に応じてジャケットをはずさせる。とにかくライフジャケットを着けること。それから親御さんもほとんど泳げない人が多いので着用すること。子がおぼれて親が死ぬ。学校の先生も皆そう。
僕はいまだに「よい子は川で遊ばない 建設省」看板に腹をたてている。一度時間があれば長良川の河口堰にいってみたらいい。中に広報室があってそこで河口堰の役割など「本当に水質は全然かわりませんでした」と嘘八百をいう。見ればわかる、その周りが腐っているから。それをわからない日本人が八割ほどいて「本当だ」と帰っていく。これはやはり建設省の策略。「遊泳禁止 建設省」看板を全部倒して回るキャンペーンをしたい。
大田ゆうすけ:高屋川浄化施設のとなりにある「みるみる館」も同じようなところです。河口堰の管理室にいっても「芦田川の生き物」という水槽があって、昔はたくさんいた魚を飼っているが、今河口湖はブラックバスしかいない。
以上のような状況なので、日本で一番古い河口堰だから一番最初に開けるという案はどうでしょうか?今福山は知名度が低い町で、地方の人に「福山」といってもなかなか分かってもらえない。河口堰が日本で一番最初に開いた町とか・・・そういう町づくりを目指したいとおもう。広島の大田川などきれいではないけれど、町と川がうまくとけこんで調和している、そういう町づくりはいかがなものだろうか。
野田:徳島の木頭村という1800人の農村があるが、ダム建設の反対運動を30年ほどして勝ってしまった。5〜6年前に中止を決定し、1800人の小さな村が政府に勝ったということで一躍有名になった。そこの村長が東京などでダム反対運動などに来るときには歓声があがる。自然環境の賞もたくさんもらっているみたいだが、そういう名の上げ方はかっこいい。1800人の小さな村が一致団結して30年も断固として戦った。たいていは裏切り者が出てどんどん崩れていくのだが、そこはそんな事はなかった。立派だった。
それから、アメリカでは今ダムを壊している。もう100くらい。しかし日本ではあと400のダムを作るというからとんでもない。今から10年前にアメリカではもうダムを作らないと発表した。アメリカの建設大臣にあたる人に何回も日本に来てもらって、日本の建設大臣とこういう場で討論させた時に「もうそれ以上言わないでくれ」ということをアメリカの大臣は大きい声で言ってしまうので、日本の建設省は本当に困っていた。日本はアメリカを真似てダムを作ってきたのに、今度はアメリカがそれを壊している。その時日本の建設省は、「日本ではまだアメリカの何分の1の貯水量しかないのでまだまだダムを作らなければならない」といった。それに対してアメリカの大臣は「オリンピックではないのだから。アメリカは国土も広いので大きなダムがあるが、日本と比較する意味がない。そんなに競争しなくても水は余っているではないか」と言っていた。その後、日本各地を講演して回ったが、建設省に「早く帰ってくれ」といわれたそうだ。アメリカがダムを壊す実状は新聞でも取り上げられている。
大田ゆうすけ:日本では、政治家の名の挙げ方で「この橋をつくったのは誰々先生」というものがまだまだ多い。そのような挙げ方を先ほどの木頭村のように変えられないかと思う。木頭村には一度行ったことがあるがとてもきれいな所。四国の川はあまりにもきれいで思わず飛び込みたくなる。そういうきれいな川や海を今の子供たちは知らないので、そういう機会を作りたい。みなさんもきれいな海や川を見て思わず飛び込んだ記憶があると思うが、そういう素朴な感情が大事だと思う。けれど芦田川の現状は・・・。この辺りでみなさんの意見を聞きたいと思います。
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第3部・参加者とのディスカッション
会場より:福山に転勤して3年目くらいの時、急に体調を崩して入院したことがある。「水」に問題があるかもしれないと、兵庫県にある「ちぐさ高原」に水をくみにいっているが、すごくおいしくて風邪ひとつひかない様になった。毎月水を汲みに行くようになってから、地元の人と接する機会がある。そこの町長は「ちぐさ川を守る」ということで住民の中から出したんだそう。川のことを第一に考えている町なので、川に行っても色々な約束事がある。そして他県からもそのきれいな川を見にやってくる人もいて、すごく理想的だと思う。そのようにがんばっている地域もあるのにどうして芦田川ができないのかいつも疑問に思っている。一度市役所に電話したことがあるが、気の抜けた返事しか返ってこなくてやる気がないのかと思った。心の中では思っていても一人では何をどうすればいいかわからない、というのが現状。その第一歩を教えてほしい。
野田:一人ではだめ。「芦田川をきれいにする会」などなんでもいいので徒党を組むこと。そこでイベントをしてそれを続けるといいんじゃないか。それで仲間を増やす。市役所も何百、何千人もの会になればまじめになる。そして、そのような場所にテレビ局、新聞社を連れて行き、写真を撮らせ記事をかかせる。役所はマスコミにたたかれることを一番嫌うので。
大田ゆうすけ:芦田川の行事といえば「一斉清掃」くらい。遊ぶイベントともなれば、4〜5年前まであった「手作りいかだレース」が唯一のものであったが、今はそれもなくなった。市民がどんどん川から離れていっていると思う。子供も大人も気軽に川を楽しめるイベントがないだろうか。
野田:吉野川では「吉野川まるあそび」というものを10年ほど前からやっている。家族で泳ぐ、魚とり、キャンプ、カヌーなどをする。夏など子供に魚をとらせそれを食べる。芦田川でも上流でやってみたらどうだろうか。
大田ゆうすけ:かなり上流にいかなければ無理ですね。芦田川は支流もかなり汚染されている。
:会場より:私が20数年前に芦田川手作りいかだレースを始めた。芦田川で遊ぶとしたら上流のほうがいいが一番下流だと大渡橋ならまだ魚が見れる。最近公園もできてそこならなんとか泳げるが、山手橋より下流は完全に無理。去年か一昨年、大田さんが森脇橋のあたりでいかだレースをやられていた。そこはまだ足をつけても気持ち悪くないが、山手橋より下流は足をつけるのも気持ち悪い。あのあたりならまだ遊べるのではないか。
大田ゆうすけ:20数年続いた「手作りいかだレース」がなくなった後、なんとか続けられないかとカヌーやボートなどなんでも持ち寄って、中洲一周レースや川の中でのオリエンテーリングなどをしたが、1回で終わってしまった。続ければよかったと思うが・・・またやりましょう。
会場より:吉野川の可動堰の素晴らしい有様をみて、芦田川も河口堰を開放し、その良い一例に加わりたいと思い、芦田川にもっと関心を持とうと「芦田川ルネッサンスネットワーク」を3年前に立ち上げ、月一回の勉強会や講演会、街頭署名などの活動をしている。今年8月に天の川カヌークラブに協力してもらって、森脇橋で子供達とカヌーやバーベキューをするイベントもした。大田さんの「福山かえる会議」は芦田川だけでなく、福山をかえていこうとする大きな会なので、芦田川の部分は芦田川ルネッサンスネットワークで取り組んでいけたらと思って話を聞いていた。
会場より:行政の土木を担当している。できるだけ自然を残したいという形で土木をしようとしたが、そうすれば手間がかかる。けれど手間のかからない様にと言われる。以前、ダムの事で「100年に一度の水害に備えることは本当に必要なのか」と言われたこともあるし「遊べる川を作れ」という要望も受けて、その中で川を氾濫させてはいけないとも言われる。それでも進めていく選択肢をとると、ダムしか残らないということもあるので、行政に働きかけることも結構だが、準備のことを知って、その討論会もして頂かないと我々は両方の板ばさみになってどうしていいかわからない。先ほど市役所に電話をしたら気の抜けた返事しか返ってこなかったといわれたが、おそらくうちの課だと思う。きちんとした返答をすべきだが、勉強不足でそれができなくて申し訳なく思う。推進派、反対派の間で意見がまとまるようにして頂きたい。芦田川の河口堰をあけろといわれているが、私もこの場に出て、できれば河口堰を開放してほしいと思う。10年ほど前の渇水の時期には、アオコがヘドロみたいな状況になっていた。ここ2〜3年の渇水時期にはそれはなくなっているので、もう少ししたら遊べる川になるのではないか。みんなで遊べる川は確かに魅力がある。そのような形で色々な面からの意見を出し合ってもらって、その中で収まりのつく運動をして頂ければ我々行政ももう少し動けるのではないかという気がする。
野田:どのような経過があってダムができるのかなど、小さいことから知りたいと思う気持ちが大切。
大田ゆうすけ:絶対に切れない堤防を作ってほしいとか、ドブさらいをするのが面倒なので三面張りにしてほしいとかという陳情をする人も現にいる。だから全て行政のせいにするのではなく我々にも問題がある。
会場より:私が子どもの頃の芦田川は本当にきれいで、河口で車えびがたくさんとれたし、瀬戸川もずっと上流まで川底は真っ白の砂だった。しかし農薬の使用量が増え、用水路が三面張りとなったため、農薬が直接川に流れ込むようになった。その主な原因は、補助金政策によりどんどん農地を区画整理し、農道を拡げ、側溝を三面張りにしたことがある。農家が要望しているのかもしれないが、いくら要望があっても三面張りは環境に良くないと、逆に行政が指導するべきである。これからは生き物にやさしい環境作りが求められると思う。
話は尽きないが、この続きは野田さんを囲んでの懇親会で行うこととします。おつかれさまでした。
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