過 去 の 日 記   2004年7・8・9月

9月29日(火)
企業会計決算特別委員会を傍聴いたしました。
浮田院長より説明があり、市民病院は今、来春の救命救急センターの開設に向けて急ピッチで準備を進めています。また、病院の抱える課題について、理解を深めることができました。


9月26日(日)
第1回芦田川4時間カヌー耐久レースが開催されました。
心配された雨も降らず、川面を渡る風が心地よい絶好のカヌー日和のもと、21チームが参加しました。
レースは「福山夏祭り」にて花火を打ち上げる1周約1kmの中州を「トラック」と見立て、交代で4時間に何周できるかを競います。4時間真剣に漕いでも良し、途中で休憩しても良しとする肩の凝らないルールとしました。

31年連続中国地方の一級河川で水質ワースト1の芦田川ですが、川で遊ぶ機会がめっきり無くなってしまった今、まず昔のように川で遊ぶ事が再生に向けた第一歩ではないかと考え、このようなイベントを企画いたしました。
主催は「小田県笹舟カヌークラブ」、福山市議の私と、井原の上田かつよし市議、笠岡の馬越ゆうせい市議、備後井笠圏(明治時代の小田県)の3市議が発起人となって設立されたクラブです。「川・海でまちづくり」をキャッチフレーズに、「水」という自然の素晴らしい癒し効果を利用して、3市議がタイアップして「水」問題(安全安心な飲料水、環境面での水、遊び・環境学習のフィールドとしての水、癒し空間としての水)に取り組んでいく予定です。

さて、レースは勝負を狙って脇目も振らず漕ぐチーム、マイペースで頑張るチーム、家族サービスを兼ねたチーム、カヌー初体験でまっすぐ進まないチーム、自作艇の航行試験をするチームなど、思い思いのレース展開となりました。雨が続いたせいか、川の水は比較的きれいでした。しかし、河口堰により土砂が海に流れない影響か、川の中央でも水深が30cm程度しかない箇所があり、川の素顔を観察できる良い機会にもなったと思います。お昼前には日も差してきて、川の中に入る子供もいました。法音寺橋の上からバナナを吊るして、パン食い競争みたいな余興をしたりして、大人から子供まで、初心者からベテランまで、それぞれ楽しめたのではないかと感じています。最も驚いたのは皆さんかなり本気で漕がれた事です。13時のゴールでは、皆さん力を出し切った感じで、充実感と達成感で一杯だったでしょう。

レースの結果はメニューの「イベント結果」に掲載しておりますので、ぜひご覧ください。来年は10月2日(日)に開催予定です。次回はスタート時に横一列に並んだカヌーを伝って中州に渡れるくらい参加チームが多いといいですね。また、井原の小田川の川下りや、笠岡諸島のシーカヤックツーリングなども企画したいと思いますので、また皆さんの参加をお待ちしております。



9月20日(月)
南学区と多治米学区の敬老会に参加させていただきました。
12時30分からの南学区の敬老会には最初の30分だけ参加しましたが、余興の南小の教職員によるコーラスグループ「オスペラーズ」を聴くことができなかったのが残念です。
続いて13時からの多治米の敬老会に駆けつけました。
地元の市議ということで挨拶をさせていただきましたので、紹介させていただきます。

「本日は敬老会の開催おめでとうございます。私の祖父母は明治44年生まれと大正元年生まれの93歳と92歳ですが、まだピンピンしております。今でも時々電話をしてくれ、私の体のことを心配してくれますが、36歳になっても孫は孫なんだと感じます。祖母は私が子供の頃、乃木将軍や曽我兄弟の敵討ちの話をしてくれたものですが、そのような話を通して親孝行とか忠誠心というような概念を学んだような気がします。その昔「修身」の授業で習ったような事を話してくれたのでしょう。
そこで皆さんにお願いしたいことは、皆さんはもう自分の人生の役割は終わったと思われているかもしれませんが、皆さんの経験や知識をぜひ若い人に伝えてほしいのです。今、景気が悪いせいか、年間3万人の自殺者がでる時代です。しかし、景気が悪いといっても、皆さん自家用車を持っておられますし、日々食べるに困るという方は少数です。皆さんは戦争に行かれて生きるか死ぬかという経験をされた方もおられれば、空襲の焼け野原で途方にくれた方もおられるでしょう。そのような経験を持ってすれば、今の不景気なんて取るに足りない事なのではないでしょうか?ぜひとも健康で長生きして、もうひと頑張り皆さんの持つ経験を後世に伝えてください。
ところで、健康について私の母が常日頃言っていた事があります。母は日本の夏があまりに暑いので、世界一高い山に避暑に行ったまま当分帰ってこない予定ですので、最近は私が代わりに言っております。長生きのコツは「使っただけ食べる」という、ほどほどに食べて、ほどほどに運動し、食生活の収支を合わせる事です。それが嫁や子供の手を煩わさず、PPK(ピンピンコロリ)のコツですので、皆さんもぜひ実践してください。本日は誠におめでとうございました。」

アトラクションで誠之中学校の生徒による「誠之太鼓」を鑑賞しましたが、力強く若々しくチームワークの取れた演奏に素朴な頼もしさを感じ、うれしく思いました。


9月19日(日)
多治米学区の運動会に参加させていただきました。
私が多治米小学校を卒業して25年ぶりの運動会ですが、大きく様変わりしていました。
気になった点を正直に列記してみます。

1. 徒競走のスピードが明らかに遅くなったなど、運動能力は明らかに低下している。
2. プログラムから棒上旗奪い・騎馬戦が無くなり、闘争心を掻き立てる種目が少ない。
3. 肥満・近眼の児童の割合が極端に増えた。
4. 児童が怪我をすることに対して、必要以上に注意している雰囲気を感じる。

子供の体育については知育以前の大切な問題だと思いますので、「怪我をしたら誰が責任を取るのか?」という事を気にせず、思いっきり体を動かす機会を増やす必要があると再認識しました。
先生方や保護者の皆様にとっては大変な事だと思いますが、一緒に知恵を出し合いたいと思います。



9月15日(水)
各会派の代表質問が始まりました。
午前中は水曜会の小林議員の代表質問があり、主に羽田新市長の政治姿勢を問う内容でした。第2質問で入江大橋の渋滞の解消策として、入江を埋め立てる事により、南北に通じる橋を複数架けるとか、埋立地を福山バイパスの用地収容の代替地にすることもできるし、入江に入る船に制限をかけることにより、入江大橋を低い橋に架け替えてはどうかとの提案がありました。答弁は、そのような大規模事業は早期に実現できないので、まずは南北の交差点の右折レーン延長などにより対応するとのことでした。いずれにしても、入江大橋の渋滞問題は抜本的な解決策を必要としています。
午後は我が緑風会の稲葉誠一郎議員が代表質問に立ちました。
質問と市長の答弁の一部を抜粋してお知らせいたします。

Q:三位一体改革の福山市に及ぼす影響について
三位一体改革が進むにつれ、地方自治体においては補助金の削減に伴い、必然的に歳入が減少し、歳出の削減・抑制を伴わざるをえない状況になるのではないかと危惧いたします。
本市においても公立保育所運営費補助などにおける補助金が削減されていますが、その項目別の削減額をお示しください。今後の本市の対応についてのお考えも併せてお聞かせください。

A:H16年度予算で国庫補助負担金は12億5800万円が減額となっています。一方で税財源の移譲として暫定的に創設された所得譲与税が6億7600万円にとどまり、削減額との差は地方交付税で補填するとされておりますが、本市にとって厳しい内容となりました。
 今後においても、国の動向や経済情勢など、不透明な要因もありますが、産業振興や市税等の収納率向上など、自主財源の確保を図りつつ、限られた財源の重点化、行政運営の効率化や組織・機構の見直しによる人件費総額や借入金の抑制など、行財政改革の着実な取り組みを行い、健全な安定した財政運営に努めてまいります。

Q:子育て支援について
 市長は当選後、「第三子からの保育料の無料化」を打ち出されました。早期の実施を期待いたします。又、「乳幼児医療費を就学前まで無料にしてほしい。」との要望もあります。6月定例会でわが会派としても要望いたしましたが、子育て支援の対策として取り組みをされてはと考えますが、いかがでしょうか。

A:3人目以上の保育料の無料化につきましては、本年10月から実施してまいりたいと考えております。乳幼児等医療費助成制度につきましては、本年10月から対象年齢を入院については小3まで、通院については就学前まで拡大するとともに、1医療機関につき1日500円の一部負担をお願いし、実施することとしております。

Q:台風被害について
地球温暖化の影響もあってか、台風16・18号の上陸により昭和29年以来、観測史上最高の5mを超える異常潮位が記録され、鞆町、松永、箕島、内海、田尻など沿岸部では多数の床上浸水などの被害が発生いたしました。抜本的な解決策はなかなか見つからないと思われますが、松永地区については、天井川となった羽原川の浚渫や、松永ポンプ場の能力不足を指摘する住民の声があると仄聞いたします。台風と満潮が重なる度に被害が発生しないよう、住民の生活を守るための具体策を講ずるべきであると考えますが、いかがでしょうか。
鞆町については、この度の台風でも沿岸部で大変な被害を受けました。昨年の台風で仙酔島の桟橋の護岸及び遊歩道に亀裂が入り、危険な状態であったのが、やっと修理に入った矢先、今回の台風の高波や落石により完全に崩壊してしまいました。地理学上も貴重な1億数千万年前の断層や地層を見学するための島の遊歩道は観光資源の一部でもあり、この1年間、国・県に対して本市の修復に対する働きかけは充分とは言えず、結果として貴重な観光資源の一部が失われてしまいました。
この件は、福山の観光資源を守るという観点から見ても遅きに失した感がありますし、迅速な災害復旧への取り組む姿勢が欠けているのではないかという気がしてなりません。今後の対応についてのお考えをお聞かせください。
この度の台風16号の対応について、水防本部を設置され、災害の対応にあたられましたが、各課の連携、又、危機管理体制に反省点が多くあるように思いますが、お考えをお聞かせください。

A:このたびの台風による高潮などにより浸水した地域においては、今後の具体的な高潮対策を検討するため、県とその浸水の要因などについて現地調査を行うこととしており、その調査結果に基づいて高潮などに対する具体的な対策について協議することといたしております。
 環境省が管理する仙酔島遊歩道については、この秋より落石防止の安全工事に着手する予定でしたが、このたびの高潮被害により、ほぼ全壊状態となったところです。環境省においては、直ちに現場確認をされているところであり、今後とも関係機関と緊密な連携を図ってまいりたいと考えております。
 台風16号の接近に伴い水防本部を設置しましたが、観測史上最高の潮位であったことから、道路冠水や家屋の浸水などの被害が多くの地域で発生し、地域の把握に時間を要しました。また、市民対応としての復旧を第1義的に取り組むことに傾注した結果、県への被害報告が遅れました。

以上のように十分な答弁は得られませんでしたが、今後とも市政の諸課題の解決に向けて努力してまいります。



9月12日(日)
午前中は「グリーンラインを愛する会」の奉仕活動に参加し、後山公園の草取りをしました。残暑厳しい中、取っても取っても減らない気がする雑草と2時間ほど格闘しました。
午後は家族で仙酔島に渡り、先日の台風で崩壊した遊歩道の視察に行きました。
この遊歩道は、1億数千年前の地球の鼓動に出会えるコースです。天然記念物の断層や地層や岩壁が、地球の歴史を語ってくれます。
しかしながら、昨年の台風でかなり傷んでおり、今回の台風で完全に崩壊してしまいました。福山市の管轄ではないとは言え、この1年間の県・国に対して補修の要請は充分とは言えず、みすみす福山市の貴重な観光資源を失ってしまったと言っても過言ではありません。15日の代表質問では稲葉議員がこの件を取り上げる予定です。
私が視察している間に、子供達は今夏初めて海に入りました(パンツ一枚で)。
選挙で夏休みの間まったくかまってやれなかった子供達を、最後の最後になって海に連れて来ることができ、少し肩の荷が下りました。



9月11日(土)
蒼心書道会創立35周年記念パーティーに参加させていただきました。
開会前に福山美術館にて開催中の「蒼心書道会選抜の書展」にも寄らせていただき、会員の皆様の力作を鑑賞させていただきました。
パーティーは、会長の田中蘆雪先生の人柄を良く表す構成で、蘆雪先生の人脈の広さに驚かされ、私も参加者の皆様と大いに交流を深めることができました。



9月10日(金)
9月議会がスタートしました。
羽田新市長の所信表明があり、第一に教育問題を取り上げ、第二に環境問題を取り上げられました。しかし抽象的な表現が多く、具体的な数値目標はほとんど聞くことができませんでした。しいて言えば「住んでみたいまちナンバーワン」を目指すの、「ナンバー1」でしょうか? 相当困難な目標ではありますが、私も思いは同じですので、批判ばかりに終始せず、新市長と「協働」してナンバーワンの町づくりを目指したいと思います。
詳しくは福山市のホームページに全文が掲載されておりますので、ご参照ください。

  http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/kikaku/sityo/teian04.9.html



9月7日(火)
台風18号が九州に上陸しました。
福山市も午前10時に水防本部を設置して警戒にあたりました。
私も先日の16号で大きな被害の出た松永町5丁目に、17時の満潮を目途にカッパ+長靴の完全装備で向いました。案の定、床下浸水が多数発生しており、微力ですが潮が引くまで排水のお手伝いをさせていただきました。
幸い降雨量が少なかったせいか、16号の時の5mを越える異常潮位は観測されず、床下浸水で済みました。松永の他にも、内海・鞆・田尻・箕島など、度重なる被害に遭われた皆様には、心からお見舞い申し上げます。
なお、被害に遭われた方に対する支援制度が発表されています。ご参照ください。

  http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soumu/taifuusaigai/sienseido.html

松永地区の高潮被害に対する今後の対策については、代表質問に取り上げる予定です。



9月5日(日)
60,696人の市民の皆様、大田こうすけをご支援いただき、本当にありがとうございました。
残念ながら私達の力不足ゆえに届きませんでしたが、皆様の声を消さないように、無駄にしないように、今後の市政に生かせるよう努力してまいります。

短い選挙戦でしたが、本当にいろいろな事がありました。
精神的にも肉体的にも4月の市議選の3倍はしんどい思いをしましたが、良い経験をさせていただいたと感謝しております。
選挙にはつきものとはいえ、あまりにも激しい誹謗中傷には参りました。政策で戦い抜きたかっただけに、残念でなりません。
この度の選挙は、私自身は選対の事務方に徹しておりましたので、ご支援いただいた皆様の元に挨拶に行くこともままならず、誠に申し訳ありませんでした。お叱りもたくさんいただきました。
確固たる組織も無く、病院職員OB数人と、市民団体の皆様をはじめとするボランティア、患者さん及び家族の皆様、候補者と個人的な繋がりのある企業の皆様など、常時10名ほどしか常駐していない選対でしたが、よくぞこれだけの票をいただけたものだと感じております。

また、少数の勇気ある議員の皆様にもご支援いただきました。
浅野・川上県議、池ノ内・桑田・稲葉市議には自分の身を省みずご支援いただき、感謝の念で一杯です。
選挙の手法としては、皆さん大田こうすけを当選させたいという一念で提案されることですから、どれも採用したいと思いましたが、奇策・秘策が百出し、調整するのに苦労しました。
皆さんのなじみの無い方法としては、市長選の場合、特定候補を支援する政治団体を作ることができますので、有志の方に「市政をまじめに考える会」という団体を結成していただきました。その会として街宣車を仕立てたり、ビラを作成したり、政談演説会を開催したりしました。ですから大田は街宣車が2台あるの?と思われた方もおられるでしょう。

リーデンローズの決起集会では、3,500人の方にお越しいただき、やっと羽田候補の背中が見えたと確信しました。会の雰囲気も非常に良く、熱気溢れる中にも、候補者の話しには皆さん静かに耳を傾けていただき、手応え十分だったのです。
しかし選挙は蓋を開けるまでわからないものです。
投票率が50%に迫り、誰もが勝利を確信していたにもかかわらず、予想外の大差となり、敗因は何かと新聞記者から聞かれても答えようがありませんでした。
ここは素直に羽田候補の評価に大田は及ばなかったと言うしかありません。

羽田新市長には選挙中に訴えられた公約を実行していただく事と、是々非々で市政運営をしていただくよう注視することが、今後の私の役目であろうと思います。
若輩者ではありますが、今後ともご指導、ご支援いただきますようお願いいたします。



8月22日(日)
市民参画センターにて「公開討論会2004福山」が開催されました。
討論会はあらかじめ配られた質問票に基づき、設問に沿って意見を述べるという進行手順となっており、世話人として神永れい子さん、落合真弓さんにお世話いただきました。
企画から6日という短期間でこの公開討論会を実現したことは、本当に多くのご苦労があったことと思います。本来はこのような公開討論会は、選挙管理委員会がリーデンローズで開催するべきという声も聞こえました。
19時の開会時には共産党の寺田予定候補と大田こうすけしか揃わず、自己紹介など当り障りの無いところからスタートし、20時過ぎにやっと羽田予定候補が現れ、同じ土俵で各自の考えを述べる事となりました。

寺田予定候補は党の主張の中に自分の考えも折り込み、しっかりしたお考えを持っておられました。
羽田予定候補はまるで議会答弁を聞くようで、原稿を読んでいるのではないかという印象を受けました。
大田こうすけは自分自身の言葉で聴衆に語りかけ、そのシンプルかつ明快な口調は、会場内を「大田こうすけワールド」に包んでしまったかのようでした。

約200名の方に参加いただきましたが、一人でも多くの方に今夜の様子をお伝えいただき、選挙には絶対に行ってもらって下さい。
つきましては、皆さんのメル友にぜひ下記の文章をコピーしてお送りください。

----------------------------------------------
昔、幸せの手紙というのがありましたね。
これは幸せのメールです。このメールを受け取った方は、
9/5の投票日までに、5人の方に、同じメールを転送してください。

「絶対投票に行こうね!市長を選ぶのはあなたと、あなたがこのメール
を送信する5人のお友達。そして、投票に行けば、幸せをつれて帰れる!」
----------------------------------------------



8月16日(月)
大田こうすけ後援会総会をニューキャッスルホテルで開催いたしました。
お盆にもかかわらず1200名という大勢の方にお越しいただき、ありがとうございました。しかし、ご案内が十分でなく、特に企業関係はお盆のためにほとんどお知らせすることができず、失礼致しました。

開会に先立ち、藤井学さん率いる「マナブバンド」にBGMを演奏していただきましたが、福山出身のミュージシャンとしてぜひメジャーになっていただきたいものです。
司会の佐藤さんは街宣車にもウグイス嬢として乗る予定です。市議選においても佐藤さんにお願いしたので、縁起を担ぎました。
開会の挨拶は「脳神経疾患サークル・虹の会」の小林会長にお願いし、環境を守る事の重要性についてお話しいただきました。
後援会長には松岡病院の松岡巌院長にお願いし、大田こうすけの過去の実績についてお話しいただきました。

さて、いよいよ大田こうすけの所信表明ですが、約1時間かけてじっくりと述べさせていただきました。
詳細は「代表質問」に載せてありますので、ぜひご覧下さい。
最後に私がお礼の挨拶で述べた内容を書かせていただきます。
当初「市民派」の看板を掲げて立候補表明をしましたが、多くの方より政党・組織の支援もいただかなければ、選挙戦を戦うのは厳しいとの助言をいただきました。また、政党・組織に属する皆様一人一人も市民であり、特定の政党・組織に偏るのは良くないが、市民派といえども支援を要請することは、なんら問題ないのではないかとのご意見もいただきました。
候補者の本意とは若干ずれる面もありますが、今後は「市民派選挙」と「組織選挙」の2本柱を立てて戦ってゆくことになりそうです。この2つの方針が車の両輪のようにかみ合ってゆくことを期待しています。

締めに私の同級生の木村真弓さん率いる「二上り万歳シスターズ」が登場し、四つ竹を持ちつつも現代風にアレンジした「二上り踊り」を披露していただきました。その躍動感溢れる踊りに会場の目はステージに釘付けとなり、大いに盛り上がりました。木村さんの持つ町づくりへの情熱を、大田こうすけが必ず花開かせていただきます。ありがとうございました。
今後の予定ですが、やっと事務所の体勢が整いつつありますので、手分けして挨拶回りに回らせていただきます。「うちに来てくれ」というお声も沢山いただいておりますが、遅くなり申し訳ございません。
またミニ集会等の予定もどんどん入っております。ぜひ大田こうすけ本人の口から直接政策を聞いていただき、ご支援いただければと思います。
しかし残念なことに、ネット掲示板や口コミで大田こうすけの誹謗中傷のデマが随分と意図的に流されているようですが、くれぐれもそのようなデマに惑わされることなく、真実はどこにあるのかよく目を見開き、判断していただきたいと存じます。

エベレストに行く前に離婚が成立していたといった両親の不仲説とか、死亡保険金が選挙資金であるとか、愛人が何人もいるとか、36年間大田浩右・祥子夫妻の寝る間を惜しんで働く2人3脚振りを見てきた私としては信じられないくらいひどい内容です。しかし、逆にいえば大田にはそんな話しでも作らないと、足を引っ張るネタが無いという事でしょう。
当方の支援者の皆様も誹謗中傷合戦はぜひともやめていただき、クリーンな選挙を目指したいものです。



8月8日(日)
あわただしい数日を経て、なんとか事務所開きにこぎつけました。
「大田こうすけ事務所」は駅前通りの商工中金の向かいの緑色の4階建てのビルです。(旧千代田火災)
ビルの2階が後援会事務所、3階が「勝手連控室」、4階が会議室ですが、4階は皆様の熱気でエアコンがまったく効かず、大変ご迷惑をおかけしました。
事務所開きは、まず母の初盆を迎えますので、通常の神事に代わって、母の遺影を掲げた祭壇に折りバラを献納し黙祷を捧げました。

続いて友人代表として細木医師会長よりご挨拶、市民団体代表として、NPO法人「グリーンラインを愛する会」の丸山理事長よりご挨拶、井原の上田かつよし市議より、大田こうすけの井原市民病院事業管理者としての実績を紹介するご挨拶をいただきました。
本人挨拶で夫婦で「広大跡地を守る会」を結成し、市民運動を展開したエピソードが披露されました。緑町にあった広島大学福山分校が東広島に移転し、跡地を切り売りする話がありましたが、なんとか公園等の市民の憩いの場として残せないものかと、3万人を超える署名運動や、デザインコンテスト等を展開し、現在の緑町公園に繋がっているという経緯があります。
また、「福山の教育を考える会」や「情報公開制度勉強会」なども立ち上げ、教育問題や情報公開に関する勉強会を積極的に主催してきました。福山市の「行財政改革懇話会」の委員としても、内容のある答申を導く原動力となり、現在福山市で実施されている行革の基礎を築いたとも言えます。
大変なごやかな雰囲気の中にも、期待の熱気が満ち溢れ、最後には「命を懸けて頑張ってほしい」という激励もあり、上々のスタートが切れたと思います。

本人挨拶に続いて、桑田真弓市議、稲葉誠一郎市議、佐々木重綱元助役にご挨拶をいただきました。今の混沌とした情勢の中、よくぞ駆けつけていただけたとものと思います。ありがとうございました。
選挙通の方が、議員が何人応援してくれるかによって、大勢が決まるやに言われますが、そのような組織選挙はもはや過去のものであり、市民の代表を選ぶ市長選は、市民派・無党派候補が勝つと信じておりますので、皆様の一層のご支援をよろしくお願いします。

選挙スタイルとしては、ボランティアの「勝手連」が中心になるものと思います。

勝手連と言いますと、自宅や会社の一部屋を「大田こうすけ後援会事務所」と称して、ミニ集会や電話をしていただいたり、「後援会長」のお名前をお貸ししますので、自ら「大田こうすけ後援会長」を名乗っていただき、知人友人にどんどん大田の名を広めてやっていただきたいと思います。
また、事務所の3階を勝手連控室にしておりますので、ご自由にお使いください。
2階の後援会事務所でのお手伝いも歓迎いたします。
DMの発送、電話、お茶だし、ポスター貼り、運転手など、お手伝いいただける仕事は山のようにあります。お気軽に事務所にお寄り下さい。



8月2日(月)
大田こうすけが市長選立候補に向けての記者会見を開きました。
突然の発表となり、皆様に相談する事なく立候補表明に至った失礼をお詫び申し上げます。
出馬を胸に描いたのは5月27日、標高5200mのチョモランマのベースキャンプにて、母の初7日の法要の時だったそうです。母も生前は福山市を良くしたいと願っており、父と度々そのような話しをしていたそうです。

まず、10年後の福山のことを考えると、今こそ行財政改革に着手しなければならない、それにはしがらみの無い市長が必要であると強調し、命懸けで市長職に取り組む覚悟を表明しました。今のところ既存政党・組織の支持を受けず、無党派・市民派の立場で選挙戦を戦って行く予定です。
次に都市間競争を勝ち抜くために、人材の養成・教育の更なる充実を訴えました。
さらに、小泉改革のもと、公共事業は悪というイメージがあるが、町を活性化させるために必要な公共事業は積極的に推進する考えを表し、特に幹線道路の渋滞解消に取り組む考えを示しました。
その他、福山の抱える諸問題については、下記のように述べました。

競馬場:累積赤字がますます増えるようであれば、考えざるをえない。しかし、大きな雇用の場であるので、おいそれと廃止という訳には行かない。

鞆の埋め立て架橋:鞆の景観は大きな財産であり、架橋か否かではなく、知恵を絞ってその他の案も検討したい。(フェリー案など)

合併問題:沼隈との合併は、沼隈半島という豊かな自然を生かし、グリーンラインなどの活性化とからめて「沼隈半島公園」という構想に結び付けたい。神辺との合併は前向きに勉強したい。

私も息子として部下として、父の企画力・行動力・手腕は十分承知していますし、父こそ福山をより良い町にする事ができる人物と確信しておりますので、全力でサポートするつもりです。

まず40年間にわたり、脳神経外科医として多くの方の命を救ってきた実績です。特筆されるのは昭和51年の大田病院開設以来、24時間の救急医療体制を敷き、昼夜を問わず、不眠不休で救急患者を受け入れてきた事でしょう。
福山市医師会長時代は、在宅医療に取り組み、全国初の医師会立訪問看護ステーションを立ち上げたるなど、市の介護保険事業がスタートする以前の基礎を築きました。さらに小児の医療対策として、福山市夜間小児診療所の開設計画を固めるなど、地域医療の発展に多大な貢献があったと思います。
また、福山市の行財政改革懇話会の委員や、明るい町づくり協議会の会長を務めるなど、町づくりにも積極的に関与してまいりましたし、近年では井原市民病院の経営再建のための事業管理者として、白羽の矢が立ち、大いに改革を実行致しました。
利権にからまず、本当に世のため人のために働いてきた実績を、ぜひとも評価いただきたいと思います。
時間は1ヶ月しかありませんが、何分確固たる組織がありませんので、お手伝いいただける方がいらっしゃいましたら、ぜひとも力を貸していただきたいと存じます。
まだ事務所の場所・連絡先等も定まっておりませんが、決まり次第ご連絡させていただきます。



8月1日(日)
子ども達とアニメ「火垂るの墓」を観ました。
3歳と娘には早かったようですが、4歳の息子はストーリーをかなり理解できたようです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000232BR0/qid=1091393301/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/249-6974564-6338722



7月31日(土)
駅家の二子塚古墳の現地説明会に参加しました。
家族で行ったので出発に手間取り、残念ながら到着時にはすでに説明会は終了していました。
この古墳は備後最大級の前方後円墳であり、考古学少年だった私も中学生の時に自転車で見学に行きましたが、入口は狭く、腹ばいで羨道を進み、懐中電灯の明かりの中に浮かび上がった広広とした玄室に驚かされたものです。
説明会の様子:http://yagumo2.hp.infoseek.co.jp/futa.htm



7月29日(木)
視察最終日です。今日は札幌も30度を越えるとの事で、避暑なんていう気分ではありません。
札幌市役所を訪問し、ゴミ減量化について説明を受けました。札幌の人口1人当たりのゴミ排出量は、1人1日当たり700gと、福山市の1kgを大きく下回っています。全市を挙げてのゴミ・ダイエットに成功した例と言えるでしょう。
札幌市清掃:http://www.city.sapporo.jp/seiso/index.html



7月28日(水)
今日は調布市へ行き、ゴミを1軒1軒集める「戸別収集」や、ゴミ収集有料化について視察しました。
戸別収集により、収集の手間は掛かるが、集積場に出すよりは、出すゴミに対して責任が生じるので、分別が徹底されるそうです。また、調布市は生ゴミ処理機の購入補助にも力を入れていました。
調布のゴミの出し方:http://chofu.shop-info.com/
夕方には羽田から札幌に飛びました。



7月27日(火)
今日から2泊3日で民生福祉委員会の視察です。
まず、千葉の市川市の独居老人の見守りネットワークや、空き校舎を利用したデイサービスを視察させていただきました。
市川市国府台デイサービスセンター:http://www.asahiso.com/service/service04_3.html
市川といえば、伝説のレーサー浮谷東次郎の出身地です。
彼が15歳の時に書いた「がむしゃら1500km」には随分影響を受けたものです。
市川市役所の歴代市長の写真の中に「初代市長・浮谷竹次郎」があるのを見つけ、尋ねてみたところ、彼の父の叔父とのことでした。
浮谷東次郎:http://www.ebunkasya.com/ebunka/html/tojiro/index.php4?ID=&SID=
夕食時には先輩議員より新人議員に対してアドバイスをいただき、実り多き視察となりました。



7月26日(月)
1年生議員の勉強会「七福会」でリサイクルセンター、RDF製造工場、RDF発電所を見学に行きました。
リサイクルセンターでのゴミの分別作業を見て、最終的には手作業に頼らざるを得ない現状に驚かされました。カン・ビンに混ざったペットボトルの多いこと、中身の入ったままのビン類の多いこと、それらの分別を8人の担当者がそれこそドロドロに汚れながら従事されています。皆さんの分別マナーが少しでも向上し、このような手間が無くなることを期待いたします。
RDF製造工場・発電所では、通り一遍の説明を受ける時間しかなかったので、再度伺いたいと思います。しかし、やはりこちらでも40〜60%と言われるゴミの水分含有率が問題になっており、乾燥させるのに大量の都市ガスを消費しているとの事です。
夜は地元の女性の集いに参加させていただき、まだまだ内容は薄いのですが、市政報告をさせていただきました。
女性ばかりということで、昨日の芦田川の惨状や生活排水対策、今日見たばかりのリサイクルセンターの現状などを話し、分別の徹底、ゴミ減量化への協力をお願いさせていただきました。



7月25日(日)
カヌーに乗って芦田川の中洲を清掃するイベントに参加しました。
猛暑の中、2人乗りのカヌーに子どもを乗せて手伝わせましたが、「ゴミの行列ができているね」と、子どもながらに感じるものがあったようです。カヌーの後ろに大きなタイヤチューブを結び、ゴミ箱としましたが、拾っても拾ってもキリの無いペットボトルで、あっという間にカヌーとゴミ箱はペットボトルで一杯になりました。
ペットボトルは確かに便利だと思います。しかしあえて言わせていただければ、500ccのペットボトルを買うのはいかがなものでしょうか? 以前は製造業界に自主規制があり、もし作ればゴミが増えるという理由で、1リットル以下のボトルの製造は自粛していたそうです。ところが、あるメーカーが禁を破って販売した結果、バカ売れしたため、我も我もと自主規制がなし崩しになってしまったそうです。その結果かどうか、川で回収したペットボトルのほとんどが500ccの物です。ペットボトルを買うなら、1リットル以上のものを買い、面倒でも水筒に移し変えるべきでしょう。それができないとすれば、いかに業界から反発があろうと、製造に規制をかけないといけないのではないかと感じるほど、ひどいゴミの量でした。

夕方は地球村のミーティングに顔を出し、豪雨被害のあった福井へ支援物資を送るお手伝いをしました。私は山登り用に買いだめしておいた「アルファ米」を提供させていただきました。これはお湯をそそぐだけで五目御飯になるという便利なお米で、昔で言う「糒」です。
その他、見舞品、救援物資として要望があるのが、下記の物資だそうです。

・ゴム手袋・長ぐつ・軍手・マスク(防塵用)・バスタオル・タオル
・お茶(500ccペットボトル)・飲料水・ジュース・紙コップ
・おかずになる缶詰・カップ麺
・水中ポンプ+ホース・チェーンソー
・タイヤ空気入れ(自転車用)
・デッキブラシ・チリトリ・竹ホウキ・バケツなど掃除用具
・消石灰・土のう袋

災害見舞金、見舞品、救援物資の受け入れについては下記をご参照ください。
 http://www.pref.fukui.jp/0718/mimai.html



7月24日(土)
子どもを連れて山野峡に行って来ました。
上の子は4歳になり、水に対する度胸も多少付いてきたようです。川は見た目は綺麗ですが、水中の石はヌルヌルしており、少し気になりましたが、子ども達と一緒に魚を追いかけ、数匹捕まえた時に子どもから羨望の眼差しを受けて、オヤジとして鼻が高い思いをしました。
帰りに加茂の「せんだんの家ふれあい祭り」に参加させていただきました。
大勢のボランティアさんや、地域住民の方々が参加しておられ、盛り上がっておりました。このような施設が地域に開かれている事は大切なことだと思いますが、現実にここまで持って来るのに相当のご苦労があっただろうと拝察いたしました。



7月20日(火)
三好市長が辞表を提出され、市役所は本当に慌しい1日でした。
22日に議長が選挙管理委員会に辞表を提出し、50日以内に選挙を実施することとなります。
まだ正式に決まってはおりませんが、8月29日告示、9月5日投票というスケジュールが有力視されています。



7月19日(月)
市議会のゴルフコンペ「78会」に参加させていただきました。
議員相互の懇親を目的としており、1978年から続いているので78会だそうです。私は66+69の135で狙いどおりブービーメーカー賞をゲットしました。(笑)



7月18日(日)
倉橋島で開催された、ミニトライアスロンと言った感じの「第5回アクアスロンくらはし大会」に出場しました。
私は第1回大会から連続出場しており、今年もBクラス(水泳1km、ランニング8km)にエントリーしました。ちなみにAクラスは水泳2.4km、ランニング18kmという長丁場です。
成績は100名中42位、タイムは58分55秒と、練習不足にもかかわらず2年連続1時間の壁を破ることができました。福山からも10人くらいの選手が参加されており、それぞれ健闘されたようです。

大会結果:http://www.urban.ne.jp/home/moriiin/



7月17日(土)
鹿児島を後にして九州新幹線「つばめ」に乗車し、一路福山に向かいましたが、川内市で途中下車して、アーキテックという会社へ寄りました。
ここは鹿児島県工業技術センターの機械を利用して、レーザーパズルカヌーという商品を製作・販売しています。従来の手作りカヌーキットは大変高額で手間暇のかかる代物が多かったのですが、こちらのカヌーキットは安価かつ簡単であり、開発段階の話や、実際の製作現場を見学させていただきました。

アーキテック:http://www.synapse.ne.jp/archi-tech/



7月16日(金)
視察2日目です。博多から鹿児島へ飛びました。
鹿児島で見学した施設は下記の通りです。
鹿児島市立美術館:http://kagoshima.digital-museum.jp/artmuseum/
かごしま近代文学館:http://www.kinmeru.or.jp/
鹿児島市立科学館:http://www.synapse.ne.jp/~kmsh-science/index_01.html
知覧特攻平和記念館:http://www.town.chiran.kagoshima.jp/touristinfo/heiwakaikan/

特に印象深かったのは、やはり知覧でした。昭和20年3月から6月にかけて、17歳から25歳くらいの1000人以上の若者が、ここの飛行場から沖縄沖の米軍艦艇に向けて突入したのです。彼らの書いた遺書「人生の総決算、何も謂う事無し」を読むと本当に胸を打たれます。国のため、郷土のため、家族のために死んでいった若者の上に、今の日本の繁栄があることを忘れてはなりません。鹿児島に訪問の際はぜひお立ち寄りください。
特攻隊員がホタルになって帰ってきたという話をご存知ですか? ぜひ下記の「ホタル帰る」をお読みください。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794210604/qid%3D1090459683/250-3744665-9153826



7月15日(木)
会派の視察で九州・大牟田のRDF製造工場と発電所の見学に行って参りました。
大牟田は炭鉱節で有名な三池炭鉱があった地で、ポスト石炭産業として環境リサイクル産業の創出・育成に取り組んでいます。
具体的内容は、RDF発電所を中核として、RDF化施設、リサイクルプラザ中核的支援施設(市民交流・学習センター及び環境技術研究センター)等を整備するとともに、企業誘致を基本とした、リサイクル産業団地を形成する事です。本事業を実現し、エコタウン地域として、他都市のモデルとなるように、資源循環型社会の構築に貢献していく事が目標です。

大牟田エコタウンホームページ:http://www.ecosanc.or.jp/

大牟田は福山の発電所とは形式が若干違いますが、発電効率30%と、ほぼ石炭による火力発電所に近い効率を挙げています。(福山発電所は28%)ただし、RDF製造過程に問題があり、約50%の水分を含んだ廃棄物を乾燥させて水分含有率10%のRDFにするまでに、毎日2万リットルの灯油をボイラーで燃焼させているそうです。ですから、たとえ発電所で発電しても、それに近いエネルギーを消費しているという試算もあります。
http://www33.ocn.ne.jp/~gomigenryo/report/rp001005.html

乾燥過程で消費する灯油量を抑えるには、やはり生ゴミは別に収集して堆肥化させるべきだと思います。その場合、大量に生産された堆肥をどうするかという問題が生じます。
各家庭に生ゴミ処理機を設置し、なるべく生ゴミを収集場に出さないようにする事が、手っ取り早いでしょう。購入の際に補助金を出す自治体も多くあります。
福山市の補助金制度:http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/kankyokanri/hojyokin/hojyokin_2.html

難しい目標ですが、日本の食糧自給率を上げるためにも、農業の振興に取り組み、それにこの堆肥を利用できないものでしょうか? また、これだけ大量の生ゴミが発生するという事は、いかに食べ物を粗末にしているかという事の裏返しです、贅沢は慎まなければなりません。



7月14日(水)
「2004年度芦田川水系の水を守る会総会」を傍聴いたしました。
芦田川流域の6市町(福山・府中・神辺・御調・甲山・世羅)の首長等が出席し、昨年度の芦田川は31年連続中国地方の13の1級河川中、水質ワースト1であることが報告されました。一昨年度よりは多少改善傾向にありますが、12位の小瀬川とはまだかなり差があります。
今年度の事業計画の発表があり、流域の子どもを対象とした自然体験事業として、河佐峡にて「自然まるごと芦田川探検隊」の開催と、源流から河口までを訪ねる「スタンプラリー」を予定しているとの事です。このような行政主導による企画を盛り上げることも大切な役割だと思いますので、上記のイベントの詳細が決まりましたらご案内致します。

参考:福山市水道局ホームページ:http://www.suidou-fukuyama.jp/



7月12日(月)
常任委員会の民生福祉委員会が開催されました。
福祉総務課より、H17年度は特別養護老人ホームの新設はせず、既存の特別養護老人ホーム増床の計画が示されました。福山市の特養入居待機者は1298名おり、その中でも在宅で待機中の要介護3以上の方は221名と説明がありましたが、だからと言って施設整備を推進するべしという考えは当たらないと考えます。国の方針として施設サービスより在宅サービスを充実するべしという方針も出ていますし、何より住み慣れた家で過ごすことができるよう、精一杯の援助をするべきでしょう。施設には入らなくて済むにこしたことは無いのです。ただ、本計画においては、特定の法人の施設のみが整備されるといったことの無いように配慮することも必要と考えます。
夜は蔵王学区の明るい町作り委員会主催の講演会に参加させていただきました。
市民病院の浮田院長の講演があり、たばこの問題、環境の問題、先端医療のお話、救急医療のお話、市民病院の紹介など盛り沢山の内容であり、市民病院の理解に非常に役立ちました。私としても福山市民病院の今後の発展のために、尽力してまいりたいと考えています。

市民病院ホームページ:http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/shimin-byouin/



7月11日(日)
いよいよ投票日です。
ところが20時の開票とほぼ同時に当確が出て、拍子抜けしました。何はともあれ、支援者の皆さんお疲れさまでした。そしてありがとうございました。かめい先生にはこれからの6年間、ぜひとも教育基本法の改正に向けて力を尽くしていただきたいと思います。
福山の投票率は50.09%と、かろうじて50%を越えましたが、選挙は町づくりの第一歩です。福山を愛する気持ちがあれば、ぜひとも投票にだけは行かなければなりません。



7月10日(土)
天満屋前にてネットワーク地球村のメンバーによる、参院選投票啓発キャンペーンに参加いたしました。
投票に行きましょうと声をかけさせていただくと、「もう行きました」というご返事も多く、期日前投票が定着しつつあることを感じました。
続いて駅前にて、比例代表の古葉たけし候補の街頭演説に参加いたしました。
ご存知、カープ初優勝の立役者、福山のカープ応援団の方々も駆けつけ、鳴り物入りのにぎやかな街頭演説でした。思い起こせば、近鉄との日本シリーズでの「江夏の21球」、当時の私の家には子供が自由に見られるテレビがなかったものですから、ラジオで中継を聴きましたが、あの時ほど野球で興奮したことは以後ありません。今後とも子供に夢と希望を与えられるスポーツ選手が、続々と輩出されることを祈願しております。



7月9日(金)
かめい候補の街宣車に乗せていただきました。
3ヶ月ぶりの「宣車」はやはり気持ちの良いものです。ただ、市議選と違って街宣ルートが広範にわたっているので、車のスピードは一般車両とほぼ同じスピードであり、声が聞こえたから外に出たけど間に合わなかった皆様には大変失礼を致しました。



7月8日(木)
かめい候補の総決起大会に参加させていただきました。
普通は議員ともなれば、バラのリボンを付けて来賓席に坐っていれば良いのかもしれませんが、まだまだ若輩者の私がそのような行動をするのは10年早いと考え、スタッフの一員として入口で来場者の皆様にご挨拶をさせていただきました。



7月6日・7日 (大田祥子追悼登山)
7日は母の49日であり、私なりに供養の仕方を考えた結果、22年前に家族で登った石鎚山に登ることにしました。
小学生から中学生の頃は、毎年のように母に連れられて大山などに登ったのですが、毎度それはそれは強行軍で、半泣きで付いていったものです。
22年前、私が中3の時は石鎚連山を端から端まで縦走するコースを選択し、初日は保井野〜堂が森〜二の森〜石鎚山〜土小屋、2日目は土小屋〜瓶ケ森〜西黒森〜東黒森〜伊予富士〜桑瀬峠〜寒風山〜笹ヶ峰〜丸山荘という行程で、特に2日目は標準的な行程の2日分であり、さらには途中で水筒が空になり、最後には1本のジュースを皆で回し飲みして渇きを癒しました。その時のつらさは、忘れられない思い出です。

地図@http://www.nbn.ne.jp/akaishi/isizutitizu.htm 

地図Ahttp://www.nbn.ne.jp/akaishi/kenkyotizu.htm

<山名をクリックすると山の写真が見られます>

今回も22年前と同じコースをたどることとした。1日目は、6時に丹原町・保井野登山口(550m)を出発し、胸突き八丁の登りを経て、青空の元、笹ユリの花の咲く堂が森(1689m)に9時に着きました。頂上には巨大な電波反射板がありますが、22年前よりは大型の物になっていました。その後、二の森(1929m)〜石鎚山(1982m)直前までは静かな山旅でしたが、石鎚山は白装束の石鎚教信者の方が大勢登っており、山岳宗教のメッカらしいにぎやかな山頂に13時に到着しました。後は下るだけで、16時には土小屋(1500m)の国民宿舎に到着し、汗を流しました。
問題の2日目です。朝5時に土小屋を出発し、伊吹山(1502m)・子持権現山(1677m)を経由して9時に瓶ケ森(1896m)着、ここまでは順調でしたが、天気は下り坂で、山頂はすっかりガスに包まれてしまいました。
案の定、西黒森(1861m)の下りで道に迷い、「アッ」と思った時には急な笹の原の上を2回転し、左手に持っていたストックがグニャリと曲がってしまいました。落ちた崖を笹を掴んで這い上がり、なんとか正しい道に復帰しましたが、この迷走でかなり体力を消耗してしまいました。しかし、ジネンゴ越にてお弁当を食べ、エネルギーを充填したところで、一気に東黒森(1735m)、伊予富士(1756m)に登りました。到着時間12時から予測して、この調子なら16時には本日の目的地の笹ヶ峰・丸山荘に到着するのではないか、意外と順調であると余裕も出てきました。
ところが、伊予富士山頂より下る道を間違えてしまったのです。かなりはっきりした「道」だったので、どんどん降りて行くとだんだん道が細くなり、しまいには消えて無くなってしまったのです。おかしいと思い、山頂近くまで引き返しましたが、やはりこの道しかないと、また引き返して突き進んだ結果、とうとう藪の中で進むことができなくなってしまいました。時間は刻々と経過し、あせる気持ちと比例して体力は消耗してゆき、今日中に丸山荘にはたどり着けない、「ビバーク(野宿)」文字が頭をかすめだした頃、ガスが一瞬サーッと晴れて、下方に正規ルートを歩いているとすれば、見えるはずの無い林道が走っているのが見えました。地図とコンパスで現在位置を確認した結果、正規ルートより90度以上違う尾根に入り込んでいることがわかり、これぞ母の導きだと感激したものです。自分の下りてきた道無き道を必死で這い上がり、伊予富士山頂に戻ることができ、正規ルートに復帰し、桑瀬峠(1451m)に着いたのは早や15時でした。しかも疲労困ぱい、これから寒風山・笹ヶ峰への標高差400mの登りと、コースタイムで3時間半の行程が待っている事を考えると泣きたくなる、まさに22年前と同じ状況に陥っていました。
寒風山(1763m)は厳しい山容を現し、その急登は10歩進んでは息を整えなければならないほどであり、16時に山頂に着くも、もはや1歩も歩けない状態でした。ここは日が暮れたとしても大休憩を取り、エネルギーを補充しないと先に進めないと考え、ガスコンロを出して湯を沸かし、コーンスープを作りましたが、この世にこれ以上おいしいコーンスープは無いと確信するほどおいしいスープでした。気を取り直して亀の歩みで笹ヶ峰(1860m)を目指しましたが、進めど進めど着きません。いつしか天気は風雨激しくなり、やっとの思いで笹ヶ峰に着いた時、山頂から気力を振り絞って南西に向って「お母さ〜ん」と呼びかけました。必ずやチョモランマの頂上まで届いたことでしょう。
丸山荘にはなんとか日暮れ前の18時半には到着し、宿のご主人に健脚であるとほめていただけました。その夜は、疲労困ぱいであるにもかかわらず、全身の痛みからほとんど眠ることができませんでした。

笹ヶ峰・丸山荘関連:http://www.sikoku-basecamp.co.jp/work/report/yama/08/803sasakanpu.htm

そんなにしてまで、なぜ山に登るのでしょうか?
肉体的にも精神的にも限界を経験することが、必ずやその後の人生における肥やしになると思います。皆さんもぜひお子さんを連れて、山登りに挑戦してみてください。きっと忘れられない思い出になることと思います。
自己満足ではありますが、良い供養登山ができたと感じております。選挙前の時期に、このような時間を過ごす事に対する後ろめたさもありますが、なにとぞお許しください。



7月4日(日)
私の所属する緑風会の徳山威雄議員の副議長就任祝賀会に出席させていただきました。
藤井昇前市議が挨拶の中で「議長・副議長が日の沈まぬうちに決まるという事は、裏返せばこの二人しかいないという意見の一致があった。」と言われたように、合併問題や教育問題、行財政改革などの多くの問題に取り組むべき市議会のトップにふさわしい副議長であると感じております。
まもなく母の49日ですので、母がよく登った石鎚山に追悼登山に向う予定です。



7月3日(土)
井原の上田勝義市議と懇談いたしました。
8月29日の「芦田川カヌー4時間耐久レース」開催についての検討会のつもりが、議会の感想などに話が脱線しまくり、肝心の話は少ししかできませんでした。しかし注目すべきは、このイベントを福山の私と井原の上田市議、笠岡の馬越市議の、備後井笠圏三市議(昔でいう小田県)が発起人となる事ではないでしょうか。上田市議は小田川をホームグランドとして、カヌーを通じて子供の自然体験学習に取り組んでおられます。馬越市議は北木島出身であり、笠岡諸島のカヌーツアーには大いに関心を寄せてくれています。
カヌーにより、水に対する関心を高める活動に力を合わせて取り組んでまいります。



7月1日(木)
参院選・比例区に立候補している「関はじめ」さんの個人演説会に参加いたしました。
関さんは自衛隊の空挺レンジャー部隊出身という異色の経歴の持ち主であり、日本の国防を憂慮され、立候補を決意されたとの事です。レンジャー部隊の訓練というのは自衛隊の中でも最もキツイ訓練で、例えばビスケット2枚だけ持たされて山の奥深くに連れて行かれ、そこで数日間自活するそうです。それこそカエルでもヘビでも捕まえて食べるそうです。
関さんが憂慮されている問題として、北朝鮮のミサイル問題があります。日本に向けられたミサイル「ノドン・テポドン」が発射された場合、わずか数分で日本上空に飛来してきますが、その迎撃ミサイルの配備はやっと首都圏で始まったばかりです。仮に山陰の原発が標的になった場合、中国地方は大パニックになること間違いありません。
日本だけがいつまでも平和でありつづけるという保証はどこにもありません。鶴を折っても平和が来るとは限りません。私たちは自衛隊について、もっと知識を深める必要があるのではないでしょうか?