| 過 去 の 日 記 2004年 1・2・3月 |
| 3月27日(土) 福山東林館高校の卒業式に出席させていただきました。 いつも感じることですが、卒業式の厳粛な雰囲気には、心が洗われる気がいたします。もし私が祝辞を述べたとすれば、次のように述べさせていただいたでしょう。 「卒業おめでとうございます。私事ですが、私は小学校の頃少し勉強ができたのと、クジ運が良かったので、広大附属に行きました。しかし、附属は各小学校の秀才揃いですから、私なんかは落ちこぼれてしまい、一時不登校になった時期もありました。しかしその挫折の経験が今非常に役に立っております。挫折は人生における肥しであり、挫折を経験することにより、人の痛みがわかるようになります。皆さんも色々な形で挫折を経験されたと思いますが、将来必ず役に立つと思います。また、私は今市会議員を目指して活動しておりますが、このような時に最も頼りになるのが親兄弟・同級生・恩師(順不動)です。今日はその3者が一同に会されております。将来、今日お集まりの皆様が皆さん一人一人にとって必ずや頼りになる日が来るでしょう。このような人の縁を大切にするということを、ぜひとも胸に刻んでいただきたいと思います。」 午後からNPO法人・福山環境会議の設立記念講演会に参加させていただきました。 中村敦夫衆議院議員(みどりの会議代表)の講演は、日頃の私の主張と全面的に合致し、随分と自信を持つことができました。中村さんの講演要旨はまず、人間は動物であるという基本的な事実を忘れてはならないという事です。動物園のゴリラがコンクリートの檻の中でノイローゼになるように、人間もコンクリートジャングルの名では生きて行けないのです。自然の中で生きて行くという、動物としての本能には逆らえないのです。そのためにもこれ以上の自然環境の悪化を食い止めることが、私たちの命題なのです。次に日本の食料自給率が40%であるという事実に、どれだけの危機感を抱いているかです。経済発展を最優先に掲げ、今その経済成長が止まり、今後とも回復が望めない中、さらなる景気のてこ入れに効果があるのか? これからは「食の安全」の確保を最優先課題とし、みどりの会議のスローガンである「スモール・シンプル・スロー」の3Sを掲げ、経済発展から農業振興に方向転換する必要がある。スローライフの中にも雇用の確保は十分に可能であり、日本の伝統文化と精神を尊重すべしとのお話でした。 http://www.monjiro.org/ (中村敦夫ホームページ) 3月23日(火) 今日は私の36歳の誕生日です。 事務所の女性スタッフの皆様からプレゼントをいただいたり、病院の職員一同より花束をいただいたり、大いに励ましていただきました。 36歳という年齢は、私の父が国立病院に勤務しながら、大田病院開業を検討し始めた時期です。父もこの時期に大きな決意の元、新たな人生の船出をしたかと思うと、私も負けずにはおられません。息子にとって親父を越えるという事は、人生の課題でもあります 3月21日(日) 第23回ふくやまマラソン10kmの部に出場しました。目立つ緑のウインドブレーカーを着ていましたので、見かけた方もおられたかと思います。(ゼッケン1256番) 今年から日程の変更があったせいか、参加者は3000名を超え、例年に無い盛り上がりを見せておりました。久しぶりに会うランニング仲間と挨拶を交わし、10時にスタートです。練習不足のため、前半はスローペースで入り、後半徐々にペースアップしながら、追い抜く選手に一人一人「頑張りましょう」と声を掛けさせていただきました。挨拶をするうちに、同じ苦しさを共有している連帯感と、スポーツ特有の爽快な気分とを体感することができました。記録はベストタイムより10分以上遅い54分44秒でしたが、来年も練習を積んで一選手として参加したいと思います。今後とも市民の健康増進のため、マラソン大会をはじめ、福山市のスポーツ振興に寄与したいと考えています。 午後は大勢の方に陣中見舞いにお越しいただきました。 門田たかのり県議には、リーデンローズでの銀河学園吹奏楽部定期演奏会の行きがけに寄って頂きました。銀河のブラスバンドは、顧問の先生の厳しい指導の元、全国コンクールでも数々の賞を受賞しています。もうひとつのエピソードとして、以前私が学校を訪問させていただいた際、ソフト部が練習をしておりました。はるかかなたのライトの子が「こんにちは〜!」と挨拶をされ、周囲を見渡して自分に対する挨拶だとわかったときのうれしさは格別でした。多くの学校でのクラブ活動が衰退している中、非常にクラブ活動に力を入れている学校だと思います。 高校の先輩の衆議院議員・和田たかしさんには、自分らしさを出す選挙についてアドバイスをいただきました。若い力を合わせる時が近づいていることが楽しみでもあります。 3月17日(水) 中小企業同友会の懇談会に参加させていただきました。 組織選挙か自分らしさを出す選挙かという大きなテーマをいただきました。 また、将来的に市長を目指すのか?目標得票数(順位)はいかほどか?という質問をいただき、答えに窮しました。多くの方から福山市を変えたいと思うなら、市長を目指しなさいとのアドバイスをいただきます。しかし、今は目の前の課題をクリアすることに全精力を傾けております。得票数についても全力疾走の結果、順位は後からついて来る物と考えています。 3月16日(火) 城南中学校隣りの銀河学園研修センターでミニ集会を開催させていただきました。 地元の緑町町内会長と門田たかのり県議、光南町の北村冨貴子先生に弁士をお願いし、私も30分ほど思いを述べさせていただきました。予定を大幅にオーバーしましたが、おおむね好評のようでした。弁士の先生方、参加された皆様、ありがとうございました。 3月15日(月) 22時よりNHKにて、脳神経センター大田記念病院の紹介番組が、10分間程度放映されました。 内容としては、当院が以前から手がけている「マルチオピニオン」というスタイルの検討会を取り上げていただきました。手術前に患者・家族・主治医・その他医療スタッフが一同に集い、さまざまな角度から意見交換を行い、過去の手術データを公表して、十分な量の情報提供をしたうえで、最終的に手術をするかどうかを決断していただくという検討会です。さらにその手術中の様子も、モニターで家族控え室に中継し、説明をしながら手術を進めていきます。このようなインフォームドコンセントのスタイルは全国的にも珍しく、医療の密室性を打破するには非常に有効だと思います。 議会においても、とかく密室性が問われることがありますが、私が情報の伝達係りになれるよう、努力したいと思います。 3月14日(日) 午前中は支援者のお宅回りです。住宅地図とにらめっこしながら、1軒1軒歩いて回らせていただきました。お休みの所を突然訪問させていただき、恐れ入ります。 午後は新市の有名な水汲み場に行って来ました。 多くの方がひっきりなしに水を汲みにこられますが、水と安全はタダという時代が過ぎた事の表れでしょう。なにしろ福山市民は、中国地方1級河川30年連続ワースト1の芦田川の水を飲んでいるのです。基準はクリアしていても、水道水に不安を感じるのは無理も無いと思いますし、実際ここの水汲み場の水はおいしいです。私の子ども達も、「おいしい、おいしい」と言ってゴクゴク飲んでいました。 人体の70%は水です。いかにして体に良い水を飲むかという事を、福山市全体で真剣に考えなけれなりません。 夕方、駅前で街頭演説を行いました。子どもと同伴で行ったのですが、最初は恥ずかしがっていたのですが、後半は少し誇らしそうな表情もしておりました。良い思い出になったでしょうか? 3月13日(土) 朝起き会の広島地区支部設立49周年記念式に参加させていただきました。 広島グリーンアリーナが正装された会員で満員であり、皆さん真剣な表情で講演を聴かれていました。上廣会長の「例えば<自然を守る>という事は絶対的な真理であり、私情にとらわれず、幸福を追求するべき」というお話を伺いました。 福山にも多くの問題が山積しておりますが、競馬場存続・福山道路・鞆の埋め立て架橋・市民会館の跡地利用・駅前再開発・男女共同参画などは多くの意見があり、自分の立場を定めるにはまだまだ勉強不足であろうかと思います。しかし、芦田川を綺麗にするとか、お年寄りを大切にして福祉を充実させるとか、子育て・教育環境の整備といった問題もまた、絶対的な真理であり、私情を捨てて取り組むべき問題であると考えています。「滅私奉公」というと良いイメージのない言葉かもしれませんが、政治化にはお似合いの言葉かもしれません。 3月10日(水) 母校の広大附属福山中・高等学校を訪問いたしました。 私が在学中におられた先生方は随分と少なくなっていましたが、懐かしい再会がありました。また、校舎・体育館・プールなどに、6年間通った思い出がよみがえって来ました。 先生方と面談して、いろいろとお話を伺いましたが、子ども達の体力の向上や中高年の健康維持という観点から、スポーツ振興に力を入れて欲しいとの要望をいただきました。附属の生徒は勉強ばかりしていると思われているかもしれませんが、特に私たちの世代は、授業よりクラブ活動に励み、それでいて、勉強もちゃんとできる文武両道の生徒も多かったのですが、残念ながら最近は随分と減ったそうです。 福山市のスポーツ振興策にはいろいろと問題が多いそうです。 箱物の整備において、ローズアリーナのプールが温水プールでないことにより、市民の多くは民間の施設で泳いでいること。(体育館としての稼働率は低い)竹ヶ端競技場はJリーグの試合を呼べるだけの観客席が無い、市民球場もオープン戦しか開催されないなど、スポーツのビッグイベントを開催できる場所(会場)が無いことが問題です。ソフト面においても、伝統ある「中国駅伝」が廃止されたのも非常に残念に思います。身近な場所で一流選手の活躍を見ることが、町を活性化させることは間違いないと思います。 3月7日(日) 雪の舞う中、ロッツ前で街頭演説を行いました。 ロッツのできた経緯については、情報公開が足りなかったのではないかという事と、できてしまった以上は、今度は市のお荷物にならないように、駅前・商店街と一体となった中心市街地の活性化という問題に取り組むべき旨を述べさせていただきました。 15時から、新市ライオンズクラブ40周年記念講演会に参加させていただきました。 「五体不満足」の乙武さん、「カープの鉄人」衣笠さん、「ためしてガッテン」の小野アナウンサーという豪華キャストに、リーデンローズは満杯でした。 開会にあたっての如水館高校チアリーディング部の演技は、若さ溢れる素晴らしい演技で、心の底から勇気付けられました。「スポーツの魅力とは?」という講演会のコンセプトに合致した素晴らしい演出だったと思います。 続いて、本日の主役の3役登場、乙武さんの電動車椅子には上下昇降機能があるななど、つい専門職の目で見てしまいます。 まず、3人のスポーツにまつわるエピソードをお話いただけました。 小野さんはコマネチに憧れ、逆上がりができたとき、やればできるという達成感と「スポーツの可能性」を感じたそうです。乙武さんは、自分はバスケ部に所属していたが、シュートを打つことはできなかった。シュートが入ったときの快感というのはわからないが、その気持ちを理解したいという気持ちから、スポーツキャスターの道を選んだそうです。衣笠さんは、意外にも野球少年ではなく、水泳の山中選手(メルボルンで活躍)に憧れた水泳少年だったそうです。高校生の時は甲子園を夢見て、プロになってからは「自分のイメージしたプロ野球選手」という夢が自分を支えてきたそうです。 そして、対談は「子どもの夢」というテーマに発展し、子どもに夢を持たせるには、いかに良い物(スポーツはもちろん、音楽、芸術、そして良い大人の後ろ姿)を見せるかという事だろうという結論に至りました。特に乙武さんの言われた「政治家になりたいという子どもがいないのは、手本となるような政治家がいないから」という一言には、大いに発奮しなければなりません。私も子どもに夢を与えられるような大人になるべく、努力したいと思います。 閉会後、小野さんとお会いし、「あら久しぶり〜元気?」と言われたのですが、弟(小野さんと同級生)と間違われていました(笑) 郷土のため、子ども達のために、協力できることがあったら良いですねとお話することができました。 3月6日(土) 父の代から行きつけのウインドサーフィンショップ「Factory」を訪問致しました。 福山でウインドサーフィンをしている人や、昔からスノーボード・ウエイクボードをしている人で、この店を知らない人はいないでしょう。 芦田川に限らず、地球規模の環境問題に取り組んで欲しいと激励を受けました。 3月4日(木) 御幸方面にご挨拶に伺いました。 まず(有)フロンティアの戸田健一郎さんと、有機農法について意見交換をすることができました。日本の食物自給率は下がる一方にもかかわらず、減反や輸入野菜の自由化など、農業政策がどう見ても間違っていると思います。そのツケがBSEや鳥インフルエンザといった、食の安全を脅かす要因に繋がっているのではないでしょうか。私たちは、食べ物を粗末にしすぎ、感謝の気持ちを忘れてしまったとしか言いようがありません。一例として、休耕田をリタイアした人に開放し、孫と一緒に有機農法を実践してもらうなどの手法が取れないか考えたいと思います。 その後、飛び込みでキングパーツの高橋社長とお会いしました。 高橋社長にはビジネス情報の「逃げたさかな」という連載を読んで以来、お会いしたいと思っておりました。川がまだきれいだった頃の思い出を大事にし、川の浄化に取り組みたいという思いをお話させていただきました。 3月3日(水) 備後ばらバラよさこい踊り隊の木村さんとお会いしました。 よさこい踊りはもともと高知の踊りですが、数年前に一人の大学生がきっかけとなり札幌に飛び火し、福山にもその火が飛んできたようです。福山の伝統の二上り踊りも非常に良い踊りですが、よさこい踊りも若者のエネルギーが溢れるすばらしい踊りだと思います。 今、福山には、若い人のエネルギーを吐き出す機会が少なく、その結果町に活気が少ないのではないでしょうか?木村さんとは同級生でもありますのでこれから力をあわせて、福山の活性化を図りましょう。と約束いたしました。 3月2日(火) 笠岡市議会議員の馬越さんとお会いしました。 先日お会いした井原の上田市議と、井原・笠岡圏における勉強会をされているそうです。いろいろとアドバイスをいただき、将来は福山・井原・笠岡圏を同一経済圏と考えた勉強会を開催することができれば良いのではないか、という意見で一致しました。 2月29日(日) 本日は「大田ゆうすけ後援会設立総会」を開催いたしました。 あいにくの天気のなか、本当に大勢の方にお越しいただきありがとうございました。席もまったく足りずに、立ち見となってしまった皆様、誠に申し訳ありませんでした。 また、皆様方より心温まるご激励やご支援をいただき、後援会関係者一同感謝の気持ちで一杯でございます。つたない話しではありましたが、私の思いが一人でも多くの方に伝わったのではないかと念じております。 テーマソングのTHE BOOM「風になりたい」の歌詞に恥じないように、4月11日の投票日まで関係者一同気を引き締め、勝利に向け邁進する決意を新たにいたしております。 当日は、混雑にまぎれ、何かと不行き届きがありましたことをお詫びするとともに、さらに支援の輪を広げていただきますようお願い申し上げます。 閉会後は、徹夜で準備をした疲れから、少し昼寝をして、久しぶりに家族で緑町公園に行きました。随分長い間、子どもたちにかまってやれなかったので、久しぶりに心の洗濯ができました。 2月28日(土) 着物で日本文化を語る会に参加させていただきました。 この会は、日本の伝統文化を大切にするために、着物を着る機会を増やそうという趣旨で始まったそうです。私も、昨年入会し生まれて初めて着物を作りました。 今、日本の伝統文化がどんどん薄れていく中で、この会のますますの発展を祈念しております。 2月26日(木) 選挙管理委員会主催の立候補予定者説明会に参加させていただきました。大勢の方が来られていましたが、立候補予定者自身が参加した陣営はうちだけのようでした。初陣ですので、自が選挙のルールを十分理解する必要があると考え、参加させていただきました。福山選挙区は、38議席に対して41人が立候補予定の模様です。少数激戦の選挙となりそうです。 2月24日(火) 第49回福山地区ケアマネージメント研究会にて「リハビリテーション総合実施計画書の上手な使い方」と題して講演させていただきました。リハビリテーションは障害者が「人間らしく生きる権利の回復」という大目標があります。首から下が動かなく(四肢麻痺)、日常生活は全介助でも、会社を経営されている前向きな方もおられます。逆に脳卒中の後遺症(手足の麻痺)を随分と気にされて、訓練に明け暮れ(訓練人生)、社会参加の機会を逃されている方も大勢おられます。従来のリハビリは、機能回復訓練に重点が置かれていたため、手足の麻痺が改善されないと、社会復帰ができないという誤解がありました。これからは障害の大小にとらわれず、「社会参加」という目標に向かって、リハビリ療法士と他のスタッフ(医師、看護師、介護士、家族等)が協力しなければなりません。そのベースになるのが、リハビリ実施計画書ですという話をさせていただきました。 また、このようなリハビリテーションの考え方は、町づくりにも応用できます。芦田川もある意味において重度の障害者です。母なる川のリハビリに取り組まないのは、親不孝者ではないでしょうか? 2月22日(日) 卸センターの朝市に行ってきました。 新鮮な野菜や魚に格安の衣類など、毎週でも来たいと感じました。 午後は天満屋の前で「芦田川ルネッサンス」による芦田川浄化に向けての署名運動に参加させていただきました。感じとして、声をかけた半分くらいの方は署名に応じていただけましたが、関心の無い方も多く、残念に思いました。 2月18日(水) パーキンソン病友の会に参加させていただきました。 過去に私もパーキンソン病の方のリハビリを担当したことがあります。病状は、徐々にではありますが確実に進行する中で、リハビリの成果はなかなか上がりません。しかし、「リハビリ」は身体機能の改善のみを指すわけではなく、体の動きが徐々に悪くなる中で、いかに明るく楽しい人生を送れるようにするかが、リハビリの目標です。そのために「訓練」ばかりでなく、病前の趣味を工夫して再開できるようにするとか、外出(旅行)をするための手段や方法を考えたり、生きがいを見出せるように援助してきました。しかし、まだまだ患者・家族・医療従事者の「リハビリ」に対する認識が十分ではありません。 2月24日(火)19:00〜 医師会館4Fにて「福山ケアマネージメント研究会」が開催されます。私が「リハビリ」についてお話をさせていただく予定ですので、興味のある方は多数ご参加ください。参加申込みは医師会事務所(?922-0243)までどうぞ。 夜は市職員自主研究グループ主催の、多くの公共施設を手掛けてきた古谷誠章氏の講演会に参加させていただきました。 市職員の中に、より良い公共施設を建てるためにはどうしたら良いのかという課題を、真剣に考えている方がおられるという事は、頼もしいかぎりです。 2月17日(火) 若い人たちと、政治(選挙)に関心の薄い若者の関心を高めるにはどうしたらよいか検討会を開きました。いろんな案が出ましたが、一歩間違えると「遊んでいる」と思われるかもしれません。 2月16日(月) 尾道に行ってきました。 尾道駅前は随分変わりましたし、市役所はライトアップされていたり、尾道水道を上手に町づくりに生かしていると思います。福山とは対照的な印象を受けました。と言うのも、福山は随分と海を粗末にしてきたように思います。福山も内港をウオーターフロントとして整備し、鞆の港と結ぶ水上バスや屋形船などが就航すれば面白いと思います。 尾道市役所近くの高亀医院には、以前リハビリのお手伝いに行っておりましたので、懐かしかったです。いろいろアドバイスをいただきましたが、印象的な言葉として候補者本人が「そこまでするか!?」と思われるくらい頑張らないと、人はついて来ないとのことです。 2月14日(土)〜15日(日) 早朝5時より「朝起きの会」に参加させていただき、10時からは「ドクトル祥子の南極最高峰登山報告会」です。 まだ指に凍傷による包帯が巻いてある祥子Drの南極体験談は、特に「シモ」の話で盛り上がりました。今回の遠征の際に出るゴミは、排泄物に至るまで全て持ち帰ったそうです。そのため、各自の排泄行為そのものにもルールが多く、極寒の氷原の屋外トイレで大変な苦労の元に、ブツを出したそうです。 司会を担当した私は、福山の現状をイギリスの南極探検家・シャクルトンにかけて、困難に立ち向かう姿勢こそ必要であるという話をさせていただきました。多数ご参加いただき、ありがとうございました。 13時からは、ボケ老人を支える家族会の15周年記念講演に参加させていただきました。 特に家族の方の体験談には本当に胸を打たれ、ボケ老人に対する対応を記した本は多数あれども、この時のお話に比べれば、すべてが色あせるように感じました。一例として、キーパーソンである主介護担当者は、その他家族や親戚、近所の方からとやかく言われる事が多く、ストレスもたまります。その問題解決には、少しずつ介護を批判者にも体験してもらうことが有効との事です。 20時からは、「第30回50km夜間歩行」に、私のトライアスロンの師匠と参加させていただきました。 このイベントは「大雨・大雪決行」で、一番寒い時期に気力・体力の限界に挑戦することが目的です。過去最高の460人が参加され、当日受付の私は先頭から10分後スタートです。市役所を出発し、一路上下を目指します。私も体力には自信がありますので、「こんばんは、頑張りましょう!」と挨拶を交わしながら、前を行く人を次々と抜きながら、快調に歩を進めます。途中、雨が降り出し、やがて雪に変わり、一転して満天の星空になったりと、天気・気温もめまぐるしく変化しました。府中から上下に分かれる箇所からは、なんと師匠が「走ろう」と言い出し、河佐駅までの10kmを走りました。(物好き?) 明けて2時に河佐駅(30km地点)に到着、ここではボランティアさんが豚汁を配っており、私もお手伝いをさせていただきました。その豚汁のおいしかった事!多くの人がまたエネルギーを充填して上下に向いました。私はひとしきり豚汁を配った後、福山に帰り、そのまま5時からの「朝起きの会」に参加させていただきました。 この時期に体力を消耗するイベントに参加するのは、いかがなものかとのご意見もありましたが、多くの方と達成感を共有することができ、充実した疲労感を味わっています。(でも眠い・・) 11時からは多治米小学校の同窓会に参加させていただきました。 人数は少なかったのですが、懐かしい昔話に花が咲き、2次会、3次会が終わったのは、既に日が傾いていました。そこで話題になったのが「タイムカプセル」です。卒業記念に埋めたはずという人もいれば、覚えが無い人もおり、また具体的な埋蔵地点まで指摘する人もいたりして紛糾しましたが、謎の解明は先送りとなりました。 21時、とにかく眠いのでこれにておやすみなさい。 2月11日(水) 建国を祝う会に参加させていただきました。 佐々淳行氏の、今こそ日本は「治安・防衛・外交」に力を入れるべきであり、これからの3年間に、憲法改正を含めた大きな変革期が訪れるとのお話がありました。犯罪の激増、北朝鮮の脅威、拉致問題の解決、イラク復興支援など、問題は山積しており、日本人の「勇気」「覚悟」が問われています。 ふと思い出したのですが、私は小学生のころ軍艦や戦闘機の図鑑が好きで、学校にまで持って行き読んでおりましたところ、先生の間では随分問題になったそうです。最初は単に「かっこいい」という思いでしたが、だんだん戦記物や悲惨な体験談も読むようになり、中学生の頃には大東亜戦争の史実について相当詳しくなりました。 その知識のおかげで10年前に老人デイケアに勤めた時、軍隊経験のあるお年寄りと話が非常に良く噛み合い、随分とかわいがっていただきました。国のため、家族のために命を掛けて戦ったお話や、食べるものが無くて苦労したお話しは、胸を打ち、時として涙無しには聞くことのできないお話です。当時の皆さんは今の日本人が失いつつある「勇気・覚悟」を持っていたのだと思います。しかし、戦争体験を話せる方も徐々に減っております。今こそ、私たちが体験談を後世に伝承する努力をしなければなりません。 2月10日(火) 冬山に閉じ込められていた、関西学院大学ワンダーフォーゲル部の学生が全員救助されました。陸路からの救助隊(機動隊)がわずか2〜3kmの前進で引き返した豪雪の中、1名の死者も出さず、雪洞の中で良く頑張ったと思います。 冬山で遭難というと、とかく「計画の甘さ」「無謀・無知」といった批判がありますが、関学WV部は実力・実績共にかなり高いものを持っております。自然が相手ですから、予想を超える積雪量やアクシデントがあったでしょうし、遭難騒動のたびに若者の冒険心を批判するようなことがあっては、もはや誰も困難な冬山に挑戦したりしなくなるでしょう。救助隊をはじめ、関係各位に多大な迷惑をおかけした事は事実ですが、困難にチャレンジし、生命の危機に耐え忍んだ若者たちを賞賛したいと思います。 2月9日(月) 今日はすばらしい出会いがありました。 コーラスサークルでご挨拶させていただいたのですが、その案内役を買って出ていただいた方の娘さんが、なんと私の幼稚園の先生だったのです。川口幼稚園・桃組の思い出は、今でも鮮明に覚えています。特に思い出深いのが、誕生日会のときに机の上に大きな紙を敷き、その上に誕生日の子どもが寝て、皆で全身をなぞり、寄せ書きをしてプレゼントにもらった事です。また卒園遠足では芦田川まで歩いて行きました。子どもの脚ではかなりしんどかったのですが、やっとの思いでたどり着き、川の雄大な流れを目にしたときの感動は忘れられません。卒園するのがいやで、真剣にもう一年通いたいとダダをこねたものです。30年前の話ですが、私の名前を憶えていていただき、先生には感謝の気持ちで一杯です。 2月8日(日) 早朝5時より「早起きの会」に参加させていただきました。 大勢の方が、夜が明ける前から「今日一日いかに有意義に過ごすか」という事を真剣に考えられているお姿に、非常に感銘を受けるとともに、福山の将来は明るいと率直に感じました。また「儀式」とは、衣服も気持ちも特別晴れやかに装い、「ハレの日」に執り行われるというお話がありました。そのような感覚が、特に若い人に欠落しており、成人式や入学式が収拾がつかなくなっている原因であると改めて感じました。 その後、「グリーンラインを愛する会」の月例清掃に参加させていただきました。 標高400mの山の上は非常に寒かったのですが、作業をしていると暑いくらいとなり、いい汗をかきました。作業内容は、グリーンライン沿線の松食い虫等の被害で枯れた木を伐採し、チッパーマシンで細かな「チップ」に加工したのですが、高知競馬場では厩舎にワラを敷く代わりにチップを敷き、競馬場特有の匂いを押さえることに効果を上げているそうです。福山競馬場にもこの手法が取り入れられれば、会の活動とタイアップして、一石二鳥ではないでしょうか。 2月7日(土) 井原の上田かつよし市議宅を訪問し、アドバイスをいただきました。 上田市議は短い準備期間で、選挙のプロ不在の選挙戦だったそうですが、まさに「やればできる」を実践された方です。上田市議とは共通の趣味(カヌー)もあり、井原・福山圏の環境問題の解決に向けて連携していきましょうと約束いたしました。 2月6日(金) 異業種交流会のメンバーの会社に挨拶回りに行かせていただきました。 日頃の忙しさを理由に、なかなか行く事の出来なかった会社を訪問することができました。 夜の選対会議では大勢の方にお越しいただき、ありがとうございました。奥ゆかしい性格は一朝一夕には変わりませんが、今後ともご指導をよろしくお願いします。 2月5日(木) 現職市議の先生宅を訪問し、ご指導ご鞭撻をいただきました。 現市政には不条理な事も多く、そのような問題に対して、勇気と信念を持ち、意志を貫いて欲しいとアドバイスいただきました。まず、過去10年分の議会の議事録を読破する必要があると宿題をいただきました。 2月4日(水) 母・大田祥子が川口公民館で講演をしましたので、最後に一言ご挨拶をさせていただきました。私は川口幼稚園卒で、川口小学校は1年生だけしか通っておりませんが、とても懐かしい場所です。30年近くが経ち、風景はすっかり変わりましたが、久しぶりに同級生のお母さんなどにお会いして、昔話に花が咲きました。 2月3日(火) 今年は「年男」ですので、新市の備後一宮吉備津神社の節分祭で、豆まきをさせていただきました。 雪の降りしきる非常に寒い中、大勢の方が集まり、豆まきと放談(ほらふき)神事で大いに盛り上がりました。大ぼらを吹いて今年も景気良く行こうという慣わしだそうです。暗い話題の多い中、心温まるお祭りに参加させていただき、明日からまた頑張ろうという気持ちになりました。おいしい手打ちそばも家族でいただきました。 2月2日(月) 松岡病院の松岡院長と「スキー対談」を行いました。 後日「プレスシード」に掲載されますので、お楽しみに・・ 松岡院長は75歳の現役のスキーヤーですが、上には上がいるもので、かの三浦敬三さん(100歳)は昨年、息子の雄一郎さん(70歳)、孫の雄大さん(37歳)と共にモンブランの氷河滑降を成し遂げています。 敬三さんが現役スキーヤーでいられる秘訣は、食生活にあると思います。10年前、妻を亡くしてから一軒家で一人暮らし。料理は自分で作るそうです。「買い物もしなくちゃいけない。次々と用事が重なってくるそうすることが、ボケの予防になる」と話す三浦敬三さんの両耳には補聴器。歯もすでに総入れ歯ですが、食事は玄米食。また、圧力鍋を使うと魚の骨まで柔らかくなるので、骨まで全部食べる。あとは、納豆もよく食べるそうです。そして、三浦さんが健康の元だというのが手作りのスペシャルドリンク(ゴマ、黄粉、てんさい糖、殻ごと酢に溶かした酢たまご、ヨーグルト、牛乳を混ぜたもの)で、毎食後飲みます。そのお陰で、現在でもシミひとつありません。 また、日々のトレーニングも欠かしません。内容は、(1)首の運動、(2)口開け運動、(3)呼吸法、(4)体操、(5)ゴムチューブ体操、(6)スキー体操、(7)深呼吸、(8)ウォーキングの順に、トレーニングを行うそうです。 まさに「生涯現役」という言葉がピッタリですね。 2月1日(日) ドルフィンバレイスキー場で「第6回ファンスキーフェスティバル」を開催しました。 このイベントは5年前から私が個人的に開催しているイベントで、今年も約30人に参加していただけました。遠くは栃木から参加していただいた方もおり、年々リピーターも増えております。内容としては、子どもから大人まで一緒に楽しめる雪上運動会で、鬼ごっこや障害物競走などを参加者全員で楽しむことができました。それにしても、子ども達の元気の良さや、上達のスピードには驚くばかりです。 この時期にスキーに行くのはいかがなものかとも考えましたが、支援者の皆さんと楽しい1日を共有することができ、有意義であったと思います。 来年も後援会活動の一環として、支援者の皆さんがスキーを通じて交流を深められるよう、続けていきたいと思います。 1月31日(土) 近隣の病院に挨拶回りをさせていただきました。 非常にお忙しい中を面談させていただき、待合の患者さんに申し訳ない気持ちで一杯です。 今後とも福山の保健・医療・福祉のますますの充実を目指して、努力してゆく所存です。 1月30日(金) 地域リハビリテーション広域支援センター勉強会で、ご挨拶させていただきました。 脳神経センター大田記念病院は、県から支援センターに指定されておりますが、財政難のおりから今年度限りで事業は打ち切りとなります。ただし、補助金が無くなっても、リハビリ支援センターとしての機能はますます充実させて行かなければなりません。これからますます補助金・交付金の類が削られていく中、本当に必要な事業は何かと言うことを、市民一人一人が関心を持っていく必要があると思います。 1月29日(木) タウン誌の編集長さんとお会いしました。 さすがに編集長、視点がするどい! まだまだ私自身の考えや意見が整理できていない点をご指摘いただきましたが、市民の政治に対する関心を高めようという点で意見は一致しました。 1月28日(水) 痴呆性老人を支える家族の会に参加させていただきました。 会でも発言させていただいたのですが、最近の若い介護スタッフの特徴として、お年寄りの昔話に話が合わなかったり、お年寄りの「昔取った杵柄」に対する知識がなかったりする人が多いです。歴史に対する知識(特に昭和史)が未熟であるのと、世の中が便利になりすぎて、無い物を工夫して物を作る経験や知恵が不足しているからではないでしょうか。 お年寄りを単に介護されるだけの存在に留めず、自ら昔取った杵柄を若者に伝えられるような状況作りが必要だと思います。そのような生きがい作りがボケ防止にもなり、痴呆老人にとって最適なリハビリとなるでしょう。 1月27日(火) ケアーマネジメント研究会にて、福山市の介護保険制度の実施状況について、介護保険課の方から説明を伺いました。 特別養護老人ホームは市内に16施設あり、入所待機者が1300人程度いるとの報告がありましたが、施設の増設については保険料アップに繋がるので、慎重な検討が必要との説明がありました。介護保険課の説明の通り、とかく待機者の人数を取り上げ、施設整備の推進を訴える向きもありますが、安易な入所を助長するより、できるかぎり住み慣れた家で介護できるように努力するべきだと思います。原則として、施設サービスの充実よりは在宅サービスの充実が優先されるべきでしょう。 1月26日(月) 小学校の恩師の先生にお会いしました。 この先生は有名な暴力教師(笑)で、もう二度と現れないタイプの先生だと思います。クラスに問題が生じた場合、連帯責任として全員を廊下に並ばして、順番に平手打ちをされたりしました。しかし、今になって振り返れば、あれは必要であったと思います。 体罰が絶対的な悪になって久しいですが、その結果として子ども達のマナーや道徳観は、ますます悪い方向に向っているような気がしてなりません。 1月25日(日) 蔵王町内会のグランドゴルフ大会に参加させていただきました。 子どもからお年寄りまでの混成チームで対抗戦をされていましたが、皆真剣で大いに親睦を深めた様子でした。 1月24日(土) 脳卒中友の会の新年会に参加させていただきました。 皆さん手足や言語が不自由であっても、この新年会や花見や旅行を目標にしてリハビリに励み、立派に社会参加されています。とかくリハビリと言うと手足の機能訓練ばかりがクローズアップされますが、機能回復よりもいかに人生を楽しむかという点に主眼を置かないと、機能訓練漬けの「訓練人生」に陥ることとなります。障害を持ってもこのような会を通して、楽しく有意義な生活を送れるようにする事が、本当のリハビリだと思います。私たちには障害を持った方々の気持ちを理解する事は、どんなに奇麗事を言っても無理かもしれません。しかし、障害を持った方々が社会参加しやすいバリアフリー環境を作ることと、私たち健常者が障害を持った方のリハビリを援助する心を持つことが必要です。 1月23日(金) 中学校の恩師の先生と挨拶回りに行きました。 私は中1、先生は新米教師の1年生で、若くて綺麗な先生に憧れ、いつも目が悪いことを理由に一番前の席に坐っていたように思います。しかし今となっては、ほとんど年の差を感じなくなっています。どちらが近づいた結果で年の差を感じなくなったかは、判断しかねます。(笑) 1月22日(木) ポスター用の写真撮影をしました。 いろんなポーズ、スタイルで100枚以上撮影しました。スーツにネクタイというオーソドックスなスタイルの他にも、若さをアピールできるであろうスタイルも考えましたが、無難な線に落ち着きそうです。やはり第一印象が悪いと、それを払拭するには相当な努力が必要です。しかし、服装だけで人を判断しがちなのは日本人の悪い習慣だと思います。市議会では夏でも背広にネクタイという服装が義務付けられているそうですが、夏の盛りでも議会内は冷房を効かし、背広を着ている光景にはいささか疑問を感じます。 ちなみに我が家にはエアコンはありません。子どもは「暑い」とは言いませんが、来客時には困ります。 1月21日(水) 走島にノリ製造工場の見学に行きました。 ほとんど自動化されており、工程の最後に乾燥されたノリが束ねられて出てくるのを待てばよい状態です。しかし海の汚染が進み、以前のような良いノリができないそうです。そのために酸処理などをするので、余計に汚染に拍車をかける状態です。芦田川が浄化され、河口堰が開放されて栄養分に富んだ川の水が海に流れ込めば、解決する問題であると説明いただきました。その昔、鞆周辺の燧灘は鯛の漁場として「鯛網」が現実のものとしてあったわけですが、現在は「観光・鯛網」です。この変化に河口堰がかかわっていることも事実であると思います。 走島のノリは主にコンビニに出荷されるそうで、皆さんもコンビニでおにぎりを買われる際は、ぜひ走島を思い起こしてください。 また、後援会事務所のお手伝いいただけるボランティアを募集中です。 事務所は多くの方が出入りされるので、思いがけない出会いがあったりしますよ。 1月20日(火) 各種学校・福山東林館の喜田先生にお会いしました。 不登校や閉じこもりの生徒に対して成果を挙げている学校ですが、お話をしていると、子どもの問題以前に大人に問題が多いという意見で一致しました。最近の親は@うそをつくAいいわけをするBすりかえるCきれる、この4点の頭文字を取って「ウイスキー」だそうです。子ども達の教育問題に取り組むには、まず私たち大人が「ウイスキー」になることなく、「責任を取る」ことが重要です。 1月19日(月) NPO法人「グリーンラインを愛する会」の丸山理事長にお会いしました。 近年のグリーンラインの変貌振りを見るに、会の行動力と手法に学ぶべき点が多いのではないかと予想していましたが、想像以上の理事長のアイデアやバイタリティに敬服いたしました。月並みですが「やればできる」という一言に尽きます。 1月18日(日) 脳外傷患者家族の会に参加させていただきました。 交通事故などにより頭部外傷を負い、手足の動きなどの身体機能は回復しても、外見からはわからない性格の変化や記憶障害などによる対人関係の悪化などにより、社会復帰が困難な方々がおられます。このような脳機能障害は一般の方々にはなかなか理解されがたく、医療・福祉分野からさえも、「障害」として認知されていませんでしたので、本人及び家族は随分苦労されています。そのような方々が社会に交わり、復帰するお手伝いとして、釣りツアーなどの旅行や、キャンプなどをどんどん企画しましょうという話で盛り上がりました。 私は病院でリハビリの仕事に関わってきた経緯もありますので、「障害者に理解が無いという障害を持った町のリハビリ」に取り組んでゆきたいと思います。そのためには、まず障害者の方々が町に、社会に出やすい「環境のバリアフリー」の推進です。たとえば福山駅にエレベーターの設置などです。そして、市民の障害者に対する差別・偏見を無くす「心のバリアフリー」の推進です。 最後に、南極最高峰登山ツアーに参加している母・大田祥子が、見事登頂しました。登頂報告会は2月14日(土)10:00からニューキャッスルホテルにて開催致しますので、多数ご参加ください。 登山の様子は下記のホームページをご参照ください。 http://www.adventure-guides.co.jp/koubo1.html 1月17日(土) 中央公園で開催されている「今昔マーケット」に行って来ました。 市民会館が無くなり、駅から商店街を経由して市民会館へという人の流れが途切れた今、中央公園の今後の成り行きが、商店街及び中心市街地の活性化に大きく影響を及ぼす事は間違いありません。大金をかけて箱物を作るのも一案ですが、このまま多目的広場として残し、フリーマーケットや、イベント会場、スポーツ大会の開催などにもっともっと利用して、市民の憩いの場として人を集めることができないでしょうか。 1月16日(金) 鞆方面にご挨拶に伺いました。 鞆の町並みを歩いておりますと、文化財級の建物がゴロゴロありますが、早急に補修を要する建物も多く、重伝建による町並み保存が急がれる理由がよくわかりました。 埋め立て架橋問題については、架橋賛成・反対の二元論でなく、代替案・妥協案についてもっと議論すべきではないでしょうか。 1月15日(木) 箕島方面に挨拶に行かせていただきました。 私は箕島浄水場の隣りに1昨年までの9年間住んでおりましたので、箕島は庭みたいなところです。丁度ほうれん草の収穫期であり、出荷作業場に入ると甘いほうれん草独特の匂いがして、みずみずしいほうれん草が一斉に「私を見て」とばかりに葉をプルプルさせていました。子どもの頃は、ポパイみたいに強くなろうとほうれん草を沢山食べたものです。しかし作業されている方はお年寄りがほとんどで、どこも後継者不足が悩みのようです。箕島の農家を支えるために、皆さんしっかりほうれん草を食べましょう。 1月14日(水) 自由民主党第7選挙区の新年互例会に参加させていただきました。 多くの方が参加されており、挨拶をさせていただこうとキョロキョロしていると、とある企業の会長さんが「自分の隣りに立っていなさい」と仰っていただき、何人もご紹介いただきました。私個人の知名度はまだまだ低いので、本当にありがたいことです。 1月13日(火) 福山通運渋谷長寿健康財団主催の講演会、浜松医療センターの金子満雄先生による「早期なら痴呆は防げる・治せる」に参加させていただきました。 仕事一筋のまじめ人間ほどボケやすいので、趣味や生きがいを早めに作ることというお話がありました。市政における高齢者福祉というと、とかくグループホーム建設などの施設整備に目が行きがちですが、痴呆予防のための趣味の会や、支える会のサポートなど、ソフト作りが非常に大切であると感じました。 1月7日(水) 朝から作戦会議です。 各陣営ともに考えていることだと思いますが、若者・無関心層の顔を振り返させるにはどうしたら良いでしょう? 前回の投票率が59.69%ですから、約40%の市民は棄権しているわけです。この40%の方々の関心を呼ぶには、従来型選挙の「お願いします」だけでは非常に難しいと思います。しかし、できもしない絵空事の約束や、パフォーマンスもやりすぎると反感を買うでしょう。 そこでまず、「大田ゆうすけが動いている!」という事をアピールするために、移動に使う車の屋根にカヌーを取り付けました。「カヌー=遊び」というイメージを持たれるかも知れませんが、私は「カヌー=清流のシンボル」と位置づけておりますので、ご理解ください。 午後は福祉系専門学校を訪問させていただき、優秀な明日の福山の福祉の担い手が育つべく、私もお手伝いしたいという気持ちを強くしました。 1月6日(火) 福山市の新年互例会に初めて参加させていただきました。 市長をはじめ、現職市議の先生も多数出席しておられ、ご挨拶を申し上げることができました。 4月からご一緒に仕事ができるよう頑張りたいと思いますし、皆さんの足を引っ張らないようにしっかり勉強しなくてはと強く感じました。 1月5日(月) 今日から事務所も本格的に始動です。 まずは患者さんのご家族の神主さんに御祓いをしていただきました。 その後、大勢のお客さんにおいでいただき、私がご挨拶に外出する暇がないほどでした。 皆さんありがとうございました。 1月4日(日) 門田峻徳県議の新年互例会に参加させていただきました。 会の終盤に気分が悪くなった参加者がおられ、救急車を呼んで勤務先の病院に搬送しましたが、幸い程なく回復され事なきを得ました。 最近、プレホスピタルケアと言って、病院に搬送される前の初期治療の重要性が強調されています。特に心肺停止状態の方に遭遇した場合、第一発見者の役割は重要です。心臓マッサージや人工呼吸の方法について、機会あるごとに何度も練習することをお勧めします。 1月3日(土) 正月のTVと言えば箱根駅伝です。今年も様々なドラマがあり、感動を与えてくれました。 印象深かったのは、エース区間の2区で世羅高校出身の空山君(早大)の大ブレーキでした。前々回の1年生にして区間賞という活躍と比べて、まったく不本意で悔し涙を流していると思いますが、挫折を克服して再起をはかるべく応援したいと思います。 ところで、駅伝と言えば「福山駅伝」をご存知ですか? 37回も続いている伝統ある大会で、私も過去6大会連続出場しています。しかし、この駅伝は日本一寂しい大会で、毎回参加チーム数は一桁で、前回参加チームはたったの4チームです。近隣の「沼隈駅伝」にしろ「カブトガニ駅伝」にしろ町を挙げたお祭りで、50チーム以上参加があります。 市政に参画した暁には、なんとしても福山駅伝を再生し、福山の町おこしにしたいと考えています。 夜は亀井後援会新年互例会に参加させていただき、大勢の方にご挨拶させていただきました。特に亀井静香先生の奥様からは、私の妻に「心得」をご教授いただき、大変お世話になりました。 1月2日(金) 今日からしばらくさぼっていた早朝ジョギングを再開し、10kmほど走りました。緑町公園の中を青いウエアで走っている大男がいたら私です。 午後は天満屋8Fで開催中の、軌保博光さん改め「てんつくマン・書き下ろしパフォーマンス」に行って来ました。軌保さんは路上で道行く人に即興でメッセージを書き下ろすというパフォーマンスで有名になった方で、その「メッセージ」がとにかく心に響くのです。 他にもイカダで沖縄から鹿児島まで漕いだり、マフラーを編んでアフガンの子どもに届けたり、不法投棄のゴミを拾い集めたり、川の浄化に取り組んだり、その活動を映画にしたりと、熱い行動力を持った人であり、エネルギーを吸収するつもりでお会いしました。 てんつくマンHP:http://tentsuku.com/ 忙しいイベントの最中、私のために1時間も時間を割いていただき、大いに勇気づけられました。てんつくマンから私へのメッセージは事務所に飾ってありますので、ぜひ見にきてください。 ところで年末にメガネの三城でメガネ新調したのですが、熱い男といえば私のメガネを10年間作ってくれた「めがねのあべ」の安部徹君を思い出します。一昨年の夏に交通事故で亡くなりましたが、病院に勤めていながらあの時ほど「人間何時死ぬかわからない」と感じたことはありませんでした。彼がやり残した「おもろい事」を一つでも形にしたいものです。 夜は高校のミニ同窓会に参加しましたが、中に車椅子の同級生がおり、世間一般にバリアフリーに対する理解がまだまだ不十分である旨を聞きました。福山駅にぜひエレベーター設置を実現したいものです。 1月1日(木) 明けましておめでとうございます。 始発ののぞみで母を見送った後、初詣に行きましたが、例年は草戸稲荷に行くところを今年は護国神社に行きました。護国神社は閑散としており、草戸稲荷の賑わいとは比べ物にならない静まり返りようです。境内には数え切れないほどの慰霊碑が立ち並び、大東亜戦争で亡くなった英霊が祀ってあります。しかしながらその事実も歴史の中に埋もれつつあるようですし、神社前の道路はゴミだらけであり、その後のラジオ出演まで時間があったので、おそらく同じ思いで掃除をされていた方のお手伝いをしました。 参拝者の少なさや、神社周辺の汚れに、日本人の先人を敬い、公共心の高い勤勉な国民性が薄れている事実に一抹の寂しさを憶えました。 その後、レディオBINGOに一言だけ出演し、芦田川の問題を訴えることができました。 また、今日しかチャンスがないと思い、久しぶりに映画館に行き「ラストサムライ」を観ました。これまた日本人が忘れつつある「侍魂」を呼び起こすもので、先日福山で講演された小野田寛郎さんも、現代に残る侍の一人だと思い出しました。 久しぶりに子ども達とも触れ合うことができ、また明日から頑張ろうという決意も新たな元旦を過ごすことができました。 |