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12月31日(水)
今年1年お世話になりました。今年の福山は県議選に始まり、選挙に明け暮れた1年だった気がします。おかげで自分の進むべき道も見つかり、私を取り巻く環境も大きく様変わりしました。
4歳の長男が「とうちゃん、ナイショの話がある・・」と言って耳元でささやいた言葉・・「アノネトウチャン、ゼッタイセンキョガンバッテネ」でした。がんばるぞ〜!
一人でも多くの人に出会えることを楽しみに・・・ 皆様、よいお年をお迎えください。
「イベント案内」を更新していますので、ぜひご覧ください。
12月30日(火)
今日は仕事納めです。同僚に迷惑のかけどうしの12月でしたが、なんとか正月を迎えられそうです。
夜は親兄弟が集まって、偉大なる母・大田祥子さんの「南極登山壮行会」を開きました。
母は元旦より3週間の予定で、南極大陸最高峰ビンソンマシフ4897m登山ツアーに参加します。この山は91年に田部井淳子さんも登っておられますが、その際の感想として以下のように話されています。
「こんな美しい風景を見たんだから、これから先どんなつらいことがあっても、どんな苦しいことがあっても、この風景を思い出して切り抜けていこうと思えるほど美しいところです。」
12月29日(月)
県会議員の宇田伸先生にご挨拶いたしました。
訪問先の反応に一喜一憂せず、「神様が見てくれているから」と自分を信じて行動すべし!とアドバイスをいただき、思わず「なるほど」と感じました。
昼に訪問した総菜屋さんは、食生活こそ健康の基本であるという社長の信念で運営されており、オール手作り・無添加・薄味・丁寧と何拍子も揃ったお店です。
「食育」という言葉がありますが、食生活をおろそかにすると病気になるとか、成長が阻害されるというだけでなく、人間性の発達という点にも深く関与していると思います。
すべての食べ物は、その物の命をもらっているのだという事が理解できれば、決して食べ物を粗末にすることもないと思います。
12月28日(日)
水泳で昔お世話になった方(絵手紙教室の先生)を訪問し、大いに励ましていただきました。こちらは水泳の盛んな地区で、その昔に私も指に水かきができるのではないかというほど一緒に泳がされました。当時はスイミングクラブ全盛期で、多くの子ども達がスイミングに通っていました。今は少子化もあってか学年が上がるにつれスイミングに通う子どもが減少しているそうですが、水泳で体力作りより、塾通いなどの学力偏重も原因かと思います。しかし基礎体力があってこそ、学力も身に付くはずです。
余談ですが小5の時に参加した水泳合宿の「合宿7か条」をまだ憶えていたりします。
第1条:人に会ったらまずあいさつ
・・中略・・
第7条:勝つことが目的ではない、勝とうとする意欲が重要だ
これを唱えないと飯にありつけなかったから忘れられないのかもしれません。
12月27日(土)
訪問したとある幼稚園の職員室には、園周辺の監視システムが設置してありました。
このような物を設置しなければならない社会の現状に改めて憤りを感じますし、万一侵入者があった場合に、逆に園側の責任が問われかねないというのもおかしな話だと思います。
先日訪問した診療所のイメージキャラクターはサンタクロースであり、年中サンタが院内に常駐?しています。夢を運ぶメッセンジャー・サンタが病める人々にも幸福をもたらすという願いを込めているそうです。
前記の監視カメラ等の不審者対策は、煙突に蓋をしてサンタまで入れなくしてしまう気がして非常に残念ですが、これも今の世の中致し方ない事なのでしょうか・・? 園長先生たちのやるせない思いが心に残りました。
夜は異業種交流会「SAY YOU」の忘年会に参加しました。
変人(変態?)ばかりの集まりですが、エネルギーが溢れている会です。連日続いた宴席めぐりも今日で終了です。
12月25日(木)
尊敬する参議院議員の亀井郁夫先生にご挨拶することができました。
亀井郁夫先生は皆さんご承知のように、教育問題に真剣に取り組んでおられ、私の理想とする政治家のお一人です。よく教育問題を訴えても票にならないと聞きますが、私は川を綺麗にしたりする事により「子どもが外遊びをすることのできる環境」を取り戻す事が、必ず教育問題を解決する一助になると考えています。
夜は「いもづるの会」の忘年会に参加させていただきました。
激励もいただきましたが、市政に参画しようとするにしては、ビジョンが不明確・当たり前すぎるなど、厳しいご意見もいただきました。苦言を呈していただけるという事は、気にしていただいているという気持ちの表れと解釈し、真摯に受け止め、裸の王様にならないように気を付けたいと思います。
12月24日(水)
私の本来の仕事は、病院の経理事務です。しかし市政参画を目指すため、来年3月末で退職することとしました。背水の陣で望む覚悟です。
ただいま、後任の方に引き継ぎながら後援会活動という2足わらじですが、12月といえば、賞与支給・忘年会・年末調整・年末支払と、例年目の回る忙しさです。ストレスも溜まりますが、職場と事務所の雰囲気が悪くならないよう、気をつけたいと思います。
12月23日(火)
年賀状を書きました。
と言っても立候補予定者は年賀状を出してはいけないので、私の友人・知人に対しては、福山市外在住の方のみに妻の年賀状を出すことにしました。という事で福山市在住の方、今年は喪中でもありませんが、年賀状は出せません。悪しからずご了承ください。
12月22日(月)
釣り好きの方のところにご挨拶に伺いました。
瀬戸内海の魚の減り具合についてお話いただき、海の魚を増やすには、まず川を綺麗にする事という点で意見が一致しました。また、最近の子どもはバス釣りばかりで、海で釣りをする子どもが減ったが、あれでは健全な子どもが育たないというご意見にも共感致しました。
話が変わって、福山の町の本屋は最盛期には60数軒あったのが、今では17軒に減ったそうです。郊外型大型書店に対抗できなくなった点もあるでしょうが、インターネットの発達、福山人の活字離れも一因でしょう。大型書店も売り場の大半をマンガや雑誌が占めています。
子どもには必ず読書の習慣が必要です。そのために中小書店の存続や、図書館の整備、読み聞かせ教室の開催などに力を入れなければと思います。
目下の私の悩みは、読みたくて買った本を読む時間が無く、どんどん溜まっていくことです。
12月21日(日)
リーデンローズのクリスマスコンサートに家族で行きました。子ども達の合唱に私の子どもが聞き入っているのが印象的でした。ゲストの本田美奈子さんと福山シンフォニーオーケストラの演奏もすばらしく、福山にも一流のオーケストラがあることを知りました。本田美奈子さんは、私が19歳のとき鈴鹿8時間耐久レースにてお見かけしたことがあるのですが、すっかり実力派の歌手に変貌され、同世代としてうれしく思います。
夜は和田たかしさんの後援会総会に、後輩としてご招待いただきました。
和田さんのホスト役としての奮闘ぶりは、ぜひ見習わなくてはいけないと感じました。
これからは党派を超えて、若い世代が力を合わせて、福山を良い方向に変えていかなければならないと思います。
12月20日(土)
駅家方面に挨拶に行くと、すっかり雪景色でした。子ども達に「雪」をおみやげに持って帰り、こっそり雪だるまにして玄関先に置いておきました。子ども達の喜びようといったら最高でした。本当に子どもは素直ですね。
学区の町内会長さんに挨拶に行きましたが、散髪に行かれて留守との事で、理容院まで押しかけてご挨拶しました。この程度の厚かましさはお許しください。
夜の忘年会に向けての道中は大渋滞で、開始時間に大幅に遅れそうなので、途中で車を降り、会場まで1.5kmばかり走ってゆきました。最近の運動不足を多少なりとも解消できました。
12月19日(金)
この冬一番の寒気が流れ込み、雪が降っています。例年なら、さあスキーに行こう!となるわけですが、今年は受験生の気分ですから、「滑る」は禁句です。子ども達も「雪だるまを作ろう!」と張り切っておりますが、市街地では積もる事はなさそうです。福山に雪が積もらなくなって何年か経ちますが、子ども達に1年に1回は雪合戦をさせてやりたいものです。
また、同級生から電話があり、同級生全員に出す手紙の宛名を手書きしてくれるとのこと。こうして少しでも誠意を伝えることが、同級生の役割だと言われ、感謝の気持ちで一杯となる。
12月18日(木)
職場の勉強会で、元陸軍病院の看護婦で、福山空襲の際の救護活動に従事された行廣さんからお話を伺いました。きっかけは、先日読んだ「福山空襲の記録」の行廣さんの手記に感銘を覚え、面識は無いのですが、失礼を承知で連絡を取り、講演を依頼いたしたところ、快諾をいただきました。
昭和20年8月8日の夜から58年経った今でもなお、まるで昨夜の事のようにお話いただきました。福山城が燃え上がる様子を見て涙が止まらなかったこと、B29から投下される焼夷弾が花火のようできれいであったこと。爆弾の直撃を受けた方の手足の切断は、薬が無いので麻酔なしで手足を押さえつけて手術をしたり、手術器具の消毒は煮沸消毒のみであったり、今の病院では考えられないことばかりでした。切断した手足はバケツ3杯にもなったそうです。
このような戦争の悲惨さを伝えることのできる方は、年々少なくなっております。これからの10年間はこのような話を風化させること無く後世に伝えるために、伝承に努力しなければいけないという気持ちがますます強くなりました。
戦争はもちろん悪ですが、家族・故郷・祖国を守ろうという愛国心は絶対に必要であると感じました。
12月17日(水)
沼隈方面に挨拶に行った際、うっかり子どもの幼稚園送迎バスの迎えの時間を忘れており、子どもはバスに乗ったまま幼稚園に帰ったとの連絡がありました。夫婦で沼隈まで来たものの、私一人を降ろして妻はUターンです。どうしても子どもにしわ寄せがゆき、可哀想なことをしております。ところで、降ろされたとある峠に掲示板があり、坂村真民さんの「二度とない人生だから」という詩が掲示してありました。二度と無い人生だからこそ、精一杯の思いやりの気持ちを持って生きようという、この詩の心意気に深く共感致しました。
また、本日訪問した会社内に平櫛田中さんの「今やらねばいつできる、わしがやらねば誰がやる」と掲げてありましたが、若輩の私には非常に勇気付けられる言葉です。
12月16日(火)
日本創造教育研究所の坂東氏の講演を聴講致しました。
「責任者」とは、肩書き等に関係なく、自分にとって不都合が生じた際に、他人に責任転嫁することなく、「自分が源である」という意識を持てる人とのことだそうです。私も職場で患者さんが怒鳴り込んできた時など、「よ〜し、私の出番だ!」と考えるように努めてきました。その理由は、問題を解決し責任を果たすことによって得ることの出来る「信頼」こそ、価値のあるものだと感じるからです。
また、確固たる「経営理念」のある企業、理念を説明するだけでセールストークが不必要な企業は業績が伸びるというお話がありましたが、私も「政治理念」も確立させなければなりません。
私の理念は「For Others」、私なりに訳すと「世のため人のため」です。
この言葉は日本の女子教育発祥の地「フェリス女学院」の校訓であり、創立者のメアリー・キダーの精神を表しています。キダー女史は宣教師であり、20歳前半の若さで来日し、その一生を明治初頭の日本女子教育の発展に捧げた方です。彼女の異国の地における献身的な奉仕の精神を見習いたいと思っています。
12月15日(月)
福山かえる会議12月例会に参加しました。
かえる会議の規約には、代表世話人が選挙に出る場合は、代表を辞任するという条項があるので、会の冒頭において会員の皆さんへ出馬表明をするとともに、代表を辞任する旨を申しあげました。かえる会議は政治的に中立の立場を貫く必要がありますので、会として私を応援することもありません。
例会の内容としては、選挙に対する関心を高めるために、福山のかかえる諸問題について、候補者に対しての公開質問状の作成について検討いたしました。質問の対象者として、現職のみとするか、新人も含めるかが問題となりましたが、新人(私)を含めると、私に有利となりますので、現職のみが妥当であるという会としての結論になりそうです。
12月14日
福山民舞の会の忘年会に参加しました。
福山二上り踊りのコースは、なぜ駅前大通りなのでしょうか? 以前のように商店街を通った方が盛り上がるのではないかとの意見がありました。また今年は私も会の一員としてばら祭り・ローズパレードに参加しましたが、コースが短く、あっという間にゴールですし、コンセプトが曖昧で、単なるお祭り騒ぎになっているように感じました。福山マラソンだって、もう少し応援の人が多いコースにできないでしょうか?(竹ヶ端競技場→鞆など) 歴史と伝統のある中国駅伝も無くなりましたし、福山駅伝なんて、毎年参加チーム数は一桁です。すべてに共通することは、市民の「盛り上げよう!」という参加意欲が少ないことと、行政の手法が事なかれ主義であること、交通規制の問題の3点ではないでしょうか?
12月13日
病院全体の忘年会に参加し、職員一人一人に支援を要請いたしました。ただ、職員相手だからか、つい普段と同じ調子で「よろしくね!」とか言って肩をたたいたりしてしまうのですが、一番近い病院職員にこそ誠心誠意お願いしないといけません。まだまだ心のこもったお辞儀の仕方、握手の仕方の練習が必要です。
その後、さらにアウトドアサークルの忘年会をはしごして、若いけど環境問題に強い関心を持っている人達と交流を持つことができました。
12月12日
オンブズマンの勉強会に参加させていただき、RDF発電の問題点について勉強しました。
RDF発電はRDF製造過程で多くのエネルギーを必要とし、発電により更にダイオキシンを発生させるなど問題が多すぎるので、国は早くも方向転換しているそうです。とは言えすでに出来てしまった福山の発電所(建設費100億円)の今後の運用については大問題です。私たちには、使い捨て商品の購買をやめ、少しでもゴミを減らし、分別を徹底することが求められています。
12月11日
本日より派遣社員の方に、事務所のお手伝いに来ていただけることになりました。
私の妻ほどではありませんが(笑)、非常に美しく有能な方ですから、興味のある方は事務所にお寄りください。
12月10日
経済誌の取材を受けましたが、自分の思いを端的に話すという事については、まだまだ練習が必要だと感じました。
夜は取引銀行の研修会があり、元NHKアナウンサーの杉山邦博さんの講演をお聞きました。
大相撲の力士は、土俵上でガッツポーズなどしないが、あれは勝負がついた瞬間から、敗者の気持ちを察し、いたわる気持ちを持ちなさいという大相撲の伝統的精神だそうです。
寡黙なプロ野球選手(野茂、イチローなど)も、大記録を達成しても決して喜びを必要以上に表現しません。これも記録達成はあくまで「通過点」であり、有頂天になりたいという感情を抑えるという、日本人が古来より重んじてきた「抑制の美」の現れだそうです。
さすがに元アナウンサー、すばらしいお話でした。
12月9日
ご近所のあいさつ回りをしました。小学校の同級生宅などは大歓迎していただけますが、愛想の無いところも当然あり、舞い上がったり落ち込んだりと忙しい1日でした。
12月8日
異業種交流会のメンバーで選対会議を開催しました。と言ってもほとんどのメンバーが選挙で主体的に動いた経験は無く、それなりにしがらみも有り、前途多難であります。ただし、今のところ一番頼りになる存在でもあります。
12月7日
四国の石鎚神社にて、家族4人で当選祈願の御祓いを受けました。石槌山は中学生の時に全山縦走しましたが、稜線で水が無くなり、非常に辛い思いをした思い出深い山です。やっとたどり着いた山小屋で飲んだ水の美味しさは忘れることができません。
引いたおみくじは「大吉」、願事欄は「金銭のことをはじめ、すべてに望みのままとなります。油断しないことです。」
夜は町内会の会合があり、夕食時にもかかわらず多くの方に集まっていただき、支援を訴える事ができました。
12月6日
午前中は元市議の先生よりいろいろとアドバイスを受けた中で印象的な事項・・・
@ 笑顔の練習をすること
A お笑い芸人のコツを学ぶこと(笑)
その後は松永方面へ挨拶まわりに行き、予想以上に歓待していただき、心強く感じました。
夜は芦田川ルネッサンスネットワークの忘年会に参加し、先日の市広報の件などについて盛り上がりました。
12月5日
午前中は市広報の「河口堰の常時開放はできません!」の真意を伺いに、水道局の課長さんと面談しました。面談はなごやかな雰囲気で、意見が一致する事案も多かったです。現状では常時開放は難しいという事は理解できるのですが、10〜20年先の開放に向けて、検討会の設置を要望してきました。
午後は我が子を取り上げていただいた病院を訪問し、院長先生に推薦文の執筆を依頼しました。
夜は職場の在宅部門の忘年会、腕相撲大会で盛り上がりました。
12月4日
福山地区病院会の忘年会があり、挨拶をさせていただきましたが、緊張して舌が廻りませんでした。
市の医療行政は必要性の低い救命救急センターの建設など、多少的外れな点があるので、本当の意味で市民の健康を守る医療行政を目指す旨を訴えました。
12月3日
市の選挙管理委員会を訪問し、後援会事務所の看板に貼るステッカーをいただきました。新人にしては準備が遅いことを随分指摘されましたが、選挙活動について具体的にご教示いただきました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
12月2日
本日よりランチミーティングを開始することとしました。昼食はお弁当を事務所に配達していただいているので、支援者でお昼休みに抜けられる方は、弁当持参で事務所におこしいただき、食事をしながら作戦を練るという趣向です。
12月1日
福山かえる会議の12月例会がありました。鞆の埋め立て架橋問題について関係者からお話いただきました。鞆を愛する気持ちが非常によく伝わり、ふるさとを守る気持ちが理解できました。
11月30日
同僚の結婚式に出席しましたが、最近涙もろくなったせいか、泣ける結婚式でした。退職した職員とも久しぶりに会うことができ、懐かしかったです。
11月29日
家族・友人・知人・町内会の方を中心に、後援会事務所開きを行いました。参加いただいた皆さんには、直前の連絡にもかかわらず起こしいただき、ありがとうございました。
夜は高校同級生のミニ同窓会を開いていただき、子育て環境などについて意見を交わしました。
11月28日
現職市議の先生を表敬訪問、過去の選挙の経験・思い出等をお話いただき、大変参考になりました。大変な世界に足を突っ込んでしまいましたが、もう後戻りは出来ません。
11月27日
県庁に政治団体の設立届を提出しました。うちの奥様は元県職員なので、手続きはお任せしました。
11月26日
<鞆周遊カヌーツアー>
カヌーイスト野田知佑さんと有志による、芦田川河口堰から鞆港までのカヌーツアー、河口周辺の海はどうしようもないほど汚れていました。波は高かったのですが、追い風のおかげで1時間半で鞆の港に入港できました。海から見る鞆の港の風景こそ、鞆の「玄関」だと感じました。
ここに橋をかけるのはやはりもったいないのではないでしょうか?
架橋予定ルートをフェリーで結ぶとか、代替案はないのでしょうか?
講演会<野田知佑さんと芦田川について語ろう>ワシントンホテルにて
とってもいいお話でした。内容についてはテープ起し中です。終わり次第アップしますので、今しばらくお待ちください。
11月25日
明日の講演会のゲスト・野田知佑さんを我が家に招いて歓迎会を開きました。
11月24日
後援会事務所に目印となるカヌー取り付けました。オレンジ色が鮮やかなシーカヤックです。
11月23日
脳神経疾患サークル「虹の会」総会にて出馬表明を行いました。先の衆院選で当選した和田たかしさんも応援に駆けつけていただけました。和田さんは広大附属高校の先輩で、党派を超えて若い力で福山を変えようと話をしております。
11月22日
事務所備品搬入、病院で捨てる予定だったタイルカーペットを床に張ると、一段と感じが良くなりました。自らカッターナイフを握り、カーペットを切り貼りしていると、本当に手作り選挙だな〜と実感しました。1Fが応接スペース、2Fが事務作業というレイアウトです。
11月21日
プレハブメーカーのオービスに依頼して、2階建ての後援会事務所を建設しました。ユニットを組み立てるだけの、3時間で完成というスピーディーな工事でした。午後から慌しく仮設トイレ設置、電気工事、電話工事、FAXを取り付け、なんとか事務所らしくなりました。
11月17日
午前中、野田さんの講演会について記者クラブで詳細を発表し、周知を依頼しました。
午後はJFEスチール福山工場を見学し、鉄を作るのにいかに大量の水が必要かという事が理解できました。
11月16日
緑町町内会役員さんに出馬表明をし、支援を要請しました。たったの25軒の町内会ですが、緑町からでるということで、イメージカラーは「緑」に決定です。
11月13日
箕島浄水場、河口堰管理支所を訪問しました。
私は箕島浄水場の隣りに10年間住んでおり、河口湖の汚れのひどさについては、毎日眺めておりました。河口堰を開けられない理由も理解できますが、なんとかこの現状を変えたいという思いから、市政の場に出てみようと考えるようになりました。
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